黒木龍世「袋井での7日間。私だけが経験できた、その理由。」(滞在まとめ)
袋井での7日間の滞在を終えました。
マイクロ・アート・ワーケーション(MAW)2025としての旅は一区切りですが、気持ちとしては「終わった」というよりも、「スタートラインに立てた」という感覚に近いです。
このまとめnoteでは、日々の記録(0〜7日目)では書ききれなかった、この旅で起きたことの「輪郭」を少しだけ整えておきたいと思います。
この旅のルールと、小さなミッション
袋井を訪問する際、自分に3つのルールを課しました。
袋井市から出ないこと。
できるだけ歩きと公共交通で移動すること。
「旅人の名刺」を100枚、配ること。
このルールと一緒に、この旅が始まりました。
袋井を訪れる前には、0日目のnoteを公開しました。
今回の滞在を「ワークインプログレス」としてオープンにし、制作以前のプロセスごと共有してしまおうという試みです。
このルールは、旅人としてその地域のことを真摯に考え、向き合うためのものでした。
「100人に名刺を渡す」という目標も、単に数を追いかけるためではなく、
この旅に触れてくれた人が、
「どうなるんだろう?」と少しでもワクワクしてくれたらいい。
そんな物語的な仕掛けとして、決めたものでした。
noteがつないでくれた出会い
滞在が進むにつれて、「0日目からnoteを書いている」ということが、思っていた以上に大きな意味を持ち始めました。
袋井で出会った方が、
「note読んでますよ」と声をかけてくださる。
樂土舎を案内してくれたお子さんとお母さんが、
後日「旅人が来るってこういうことなんだって分かりました」と言ってくださる。
なごみカフェでは、スタッフさんが既にnoteを読んでいて、
「本当に100人いけそうですか?」と笑いながら心配してくれる。
「旅先で出会った人が、すでに自分の旅の“読者”である」という感覚は、これまでの旅とはひと味違う感覚がありました。
名物団子の電話と、可睡齋へのドライブ
心にのこる7日間の中で、2つエピソードを挙げさせてください。
1つ目は、朝の一本の電話です。
シャワーを浴びて、「今日も袋井を歩こう」と身支度を整えていた時、
昨日お店でたまたま隣り合わせたユーミンさんから電話がありました。
「黒木くん、よければ団子食べてもらいたいなと思って、今から持って行ってもいい?」
会ってからまだ24時間も経っていないのに、
袋井名物である法多山の団子を、わざわざ届けてくださいました。
2つ目は、可睡齋へのドライブです。
袋井の観光の交差点でもある「どまん中茶屋」。
そこで出会えたヤスコさんは、温かく迎えてくださりました。
袋井のことについて丁寧に優しく教えてくれて、
今ではバス路線が廃止になった場所もあると聞き、車がないと袋井観光は難しい側面があるということも、そこで知ることができました。
「よかったら、可睡齋まで送ってあげようか?」
ヤスコさんの優しさで、行きたかった袋井の名所に行くことができました。
きっと1人の観光者として旅をしていたら、このような出来事はきっと起きなかったと感じてます。
MAWだから、100枚の名刺を配ると決めたから、
これからの人生でも忘れられない経験ができました。
名刺100枚が、一人称から複数形に変わるまで
「100人に名刺を渡す」というミッションも、
最初は完全に“自分の目標”としてスタートしました。
けれど、滞在の後半になるにつれ、その意味が少しずつ変わっていきます。
とある夜、BARモンキーでマスターが提案してくれました。
「名刺、ここに置いとこうか?」
そこから10枚を預けることになり、
さらに別の日には、初めて会った方がこんなふうに言ってくれました。
「私が食堂で配ってあげる!大企業だから任せて!」
再びBARモンキーを訪ねた際には、預けた名刺は、目に見えて減っていました。
それは、私が直接渡したのではなく、袋井の人たちの手を通じて、見知らぬ誰かに名刺が渡っていったということでもあります。
100人に会うという目標は、いつの間にか…
「黒木が100人に会う」という物語から、
「袋井の人たちと一緒に100人に届ける」という共同作業
のような手触りに変わっていました。
通り過ぎるアーティストに、何ができたのか
この旅に出る前から、ずっと考えていた問いがあります。
「その土地に住まない、通り過ぎるだけのアーティストに、何ができるのか。」
大きな作品を残したわけでもなく、
まちの形を変えたわけでもありません。
それでも、この7日間で分かったことがひとつあります。
通り過ぎるアーティストにできるのは、
「何かを“作っていくこと”」よりも先に、
人と人のあいだに、ちいさな物語を置いていくこと
自分がいなくなった後も続いていく関係の“きっかけ”を残すこと
なのかもしれない、ということです。
100人に名刺を渡すという具体的な目的から始まった旅は、
終わってみると、
「100人の人に、この旅を作ってもらった」
という認識になっています。
また帰ってくるための理由を、たくさんもらった
袋井を離れる日、
バックパックの中身は、来たときよりも軽くなっているはずなのに、
なぜかずっしりと重く感じました。
法多山の団子の味。
ど真ん中のカウンターで聞いた話。
BARモンキーで笑いながら教えてもらった袋井の方言。
コスモス畑の色。
樂土舎やtete +で出会った子どもたちの声。
他にもたくさん…
それぞれが、「また帰ってくる理由」として、
静かにバックパックの底に沈んでいます。
この7日間は、カレンダーの上では終わりました。
でも、お会いさせていただいた思い出や、
誰かの家のテーブルにまだ置いてあるかもしれない名刺、
タイムラインのどこかに残っているnoteのリンクは、
これからも、ゆっくりと静かに袋井の中を歩き続けるのだと思います。
また袋井に帰って来られるように。
「おかえり」と言ってもらえるように。
そう願いながら、このまとめnoteを閉じたいと思います。
ここまで読んでくださり、ありがとうございました。
0日目からのnoteも含めて、
どこか一行でも、どなたか1人でも、
心に残る断片があれば、とても嬉しいです。
袋井の皆様、出会ってくださり、本当にありがとうございました!
ホストのどまんなかセンターの倉田さん、タンさん、サチコさん。
袋井で出会えた100人以上の皆様。今も1人1人の顔が浮かんで、その時の思い出を大切に抱えております。
すべてが、袋井という場所を通じて、私の中に積み重なっています。
MAW2025を主催してくださったアーツカウンシルしずおかの皆様。
このような形で地域と関わる機会をいただき、ありがとうございました。
旅人の名刺100枚をいただいたこと、 0日目からnoteを公開することを許可してくださったこと、
それらが、単なる「個人的な滞在」ではなく、
「地域のみなさんと一緒に作る物語」に変わるきっかけになりました。 この経験を携えて、これからも、地域とアートが交わる場を探していきます。
自分の旅を、誰かと重ねてみること。
それが、地域との新しい関係のはじまりなのかもしれません。
皆様、本当にありがとうございました!
黒木龍世 Kuroki Ryusei
俳優、アーティスト、リサーチャー、 「曖昧模糊」主宰
2010年より俳優として本格的に活動を開始。渋谷・コクーン歌舞伎、信州まつもと大歌舞伎「佐倉義民傳」など伝統芸能から現代演劇・イベントまで多数出演。萩本欽一の番組に合格し、テレビドラマ(TBS「逃げるは恥だが役に立つ」「下町ロケット」「ナンバMG5」「刑事7人」「ドクターX~外科医・大門未知子~」等)、映画(「TELL ME ~hideと見た景色~」「乱暴者の世界」他)、CMや地域映像作品まで幅広いフィールドで経験を重ねる。2021年より「曖昧模糊」主宰として、“違いは豊かさ”“誰もが隣人”を理念に掲げ、地域住民や多様な背景の人々と協働。聞き取りリサーチや地域住民参加型演劇、展示を各地で展開し、多世代・多文化・多分野をつなぐアートプロジェクトを推進。
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