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もしも川に孫子の兵法の『水面下の動きも察知する』を加えたら?

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皆様本当にありがとうございます。


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【水面下の動きを察知する】

水の形は高きを避けて下きに趨き、兵の形は実を避けて虚を撃つ。
水は地に因りて流を制し、兵は敵に因りて勝を制す。

四方八方に気を巡らし、いつ何時、何事が起きても対応できるよう、心の準備をしておかなくてはならない。包括的直観力を養うことがポイントである。

引用: 超訳 孫子の兵法 「最後に勝つ人」の絶対ルール (単行本)/出版社: 三笠書房/著者: 田口 佳史

【恐らくこうなる】

ぽちゃん
石が川の底に落ちていく

ゆらゆらと
ゆらゆらと

勤務先の事務所の近くにあるこの川は、流れが早く、県内で1番大きい川に指定されているくらいに大きい。

子供の頃、よく遊んだものだ。

そして今、職場の上司と、この川にいる。

「なぁ、進」
上司の赤城さんは、細身のネイビーのオーダースーツで体育座りをしながら問いかけてきた。

「そろそろお前、勇気を出して言ったらどうなんだ?」

俺は、その問いかけを飲み込むために、その場にあった石を拾い上げ、再度川へ投げた。

またしても水切りに失敗し、ゆらゆらと石が川の底へ落ちていった。

俺はそれを見届けてから答えた。
「赤城先輩、俺は、言う時が来たら言いますよ」

赤城先輩はため息を吐く。
長く、ゆっくりと。そして深く。

俺は赤城先輩の横に座るために、黒い革靴で石をどかす。
やがて茶色の地面が顔を覗かせ、ゆっくりと腰を下ろした。

川の流れを見ていた。
静かに、しかし力強く。
そのまま2人は、無言で川の流れを見続けた。
まるで、時の流れに身を任せるように。

沈黙を破ったのは赤城先輩だった。
「なぁ、進。お前が空気清浄機の商品開発に行きたいのは分かる。だが、進は調査が得意だ。なら、マーケティングに行くべきだと、俺は思う」

俺は首を横に振った。

「いや、俺は世の中のオフィスの空気を綺麗にしたいから、空気清浄機を作りたいんです」

俺の目は真剣そのものだった。

赤城先輩は座っていた近くにあった石を掴み、腕を大きく振って投げた。
石が川の表面に当たり、ミルククラウンのような形の水飛沫をあげる。

赤城先輩は言った。

「確かにお前の情熱もわかる。しかし、自分の得意分野で仕事をするべきだと、俺は思う」

確かに俺は調査が得意だ。
そして、プレゼンの資料作りや、コミュニケーション能力もある。

それは自負していた。
だが、この情熱に嘘はつけなかった。

俺は言った。
「赤城先輩、実際のところ、課長はなんと言ってるんですか?」

俺は、確信めいた質問を赤城先輩に投げかけた。
赤城先輩が、オーダースーツの皺を伸ばした。
そして、お尻に付いた砂を右手で払い除けた。

「それは、進が課長に聞くべきだ」

そう言うと、赤城先輩は勤務先の事務所まで歩き始め、右手を挙げて俺に挨拶をした。

俺はしばらくそのまま体育座りをしていた。
石を投げる。この気持ちは投げ出せない。
ならどうする?
分からない。
考えがまとまらないまま、俺も勤務先へと戻った。

オフィスに到着したら、課長が出迎えてくれた。
ひどく疲れた顔をしていた。
ピーナッツのような顔で、目の前の机に目配せをした。
俺はそれが「ここに座れ」の合図と知っていたので、椅子を丁寧に引いて座った。

課長が両手の掌を合わせて、机の上に置きながら質問してきた。
「進。お前はこの先どうしたい?」

俺は、少し考えた。
そして、ハッキリこう言った。

「課長、俺は、やっぱり空気清浄機の開発に携わりたいんです」

俺は続けた。

「世の中のオフィスは、換気のために窓の開け閉めをします。その影響で、粉塵や花粉が室内に入ってきます」

課長は、ピーナッツのような顔を頷かせながら聞いていた。

俺は、そこまで言い終えると深呼吸した。
最後にこう言った。

「だから、やっぱり商品開発部に行きたいです」

課長は、椅子の背もたれにもたれ掛かった。
少し間を空けた。
そして、体に力を入れて姿勢を正してこう言った。

「進。分かった。そして、おめでとう。お前は異動だ」

反射的に俺は「何処にですか?」と聞いた。

課長は答えた。
「空気清浄機の開発だよ」

課長が続けて言う。
「赤城に感謝するんだぞ」

一瞬沈黙がある。
「どうしてですか?」
俺は質問した。

課長の表情が少し暗くなる。
課長は話し始めた。

「赤城は、ずっとお前をマーケティング部に推薦していた。そのことは何となく知っているだろ。しかし、お前がずっと商品開発部に行きたいことを知っていた。だから赤城は、ずっと根回ししていた。赤城と商品開発部の課長は、同期だからな」

知らなかった。
マーケティング部にずっと俺を推薦していたのは知っていたが、まさか商品開発部にも推薦してくれていたなんて…

そして、課長は俺の目を見て言った。
「そして、赤城はマーケティング部の課長として異動することが決まっている。だから、進を自分の部署に誘いたかった。そんな願いも我慢して、進の気持ちを優先した」

俺は、赤城先輩との日々を思い出していた。
ずっと俺のことを気にかけてくれていた。
一緒に何度も朝まで飲み歩いたこともあった。

俺は俯いた。
まるで、壁にもたれかかったクマのぬいぐるみのように。

「顔を上げろ、進」
課長が口を開いた。

「赤城はずっと、水面下で動いていた。その気持ちを無駄にするなよ」

課長が椅子から立ち上がった。
そして、俺の肩をポンっと叩き、部屋を出ていった。

一人きりの部屋。
机の表面の色が変わり出した。
部屋に聞こえたのは、俺の鼻を啜る音色と、嗚咽だけだった。

仕事終わりに、あの川に向かった。
赤城先輩は俺が来るのを知っていたのか、昼間と同じ場所で体育座りをしていた。

歩み寄る。
じゃりじゃりと、石と砂を踏みつけた音を鳴らしながら。
やがて辿り着く。

「赤城先輩」
俺は、声を発した。

夕焼けが川をオレンジ色に染めていた。
赤城先輩は後ろを振り返らずにこう言った。

「頑張れよ、進」

微かに赤城先輩の肩が揺れていた。

俺は、それ以上何も言わないことが男の礼儀だと悟り、赤城先輩の横に体育座りをして、スーパードライを手渡した。


🅿️ほとんどの物事は水面下で動いた後に起こります。

それを察知して、感謝することが大切です。

突然物事は動き出さない。それを動かすのは水面下の努力。だから感謝する。そして気付く。周りの人達からの流れんばかりの愛を。

もしも川に孫子の兵法の『水面下の動きも察知する』を加えたら、恐らくこうなる。

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