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「倒産寸前の会社で働いています」第八話


5月下旬

 会社がやばいと言い出してから、2ヶ月が過ぎようとしていた。
 飯田さんに、待ったなしやと言われていたにも関わらず、売る段取りはしているものの、トラックはまだ1台も売っていない。売ったのは乗用車1台のみだった。保険も安いものに切り替えず、うだうだとしている。他にも削減していかなければならないはずなのだが、どうなっているのか。相変わらずドライバーの募集は来ない。カードの利用は減ったが、現金の引き出しは200万に増えていた。
——ほんまに、立て直す気あるん?
自己再建していく、と言い出してから、こちらには全く話が降りてこなくなった。紹介してもらった金融プランナーがいるらしいが、その人との打ち合わせを事務所ですることはない。普通はそうだろう。従業員に会社の危機を知らせることの方がおかしい。今までが異常だっただけだ。ただ、一旦この会社がやばいという事実を知ってしまったら、こちらも色々と準備があるというものだ。
 そして、そのモヤモヤを抱えながら、面倒なことが一つ増えた。
 基谷さんが辞める話をしてからというもの、社長の愚痴が止まらない。
「あいつが持ってきた仕事、売上が上がらんのよな〜。仕事内容も良くないし。あいつ辞めたら仕事断ろかな。」
「M&Aの話も、あいつが持ってきたやろ。あれ、会社乗っ取ろうとしてたんちゃうか。」
「基谷の仕事の考え方は分かるけど、あれは大きな会社のやり方やわ。うちには当てはまらん。」
などなど。ひたすら、基谷さんの愚痴を、基谷さんのいないところで、社長から聞かされている私は、疲弊していた。
——マジで女々しいな。器小さすぎるやろ、鬱陶しい。
基谷さんが、会社のためを思ってやってくれていたことを、全部良くないことのように言うのが腹立たしい。
 イライラしながら、日々仕事をしていた。

 そんなある日。
 社長と私、事務所に二人しか出勤しない日があった。
 あれだけ、基谷さんの悪口を言っていた社長が、
「基谷って、会社のために辞めたんかな。」
と、私に言ってきた。
「え?」
それはあり得ないが、急にどうしたことであろうか。
「いや、経費を削らなあかん、自分たち事務方を雇ってる場合じゃないって、ずっと言ってたから、それでかなと思って。」
「…どうでしょうか。」
「まぁ、人間、一旦別れなあかん時もあるからな。」
——いや、あなたとは、一旦別れたら二度と関わりたくないけどな。
基谷さんも、そう思ってるはず…という心の声は、そっと仕舞っておくことにする。
 今まで散々、基谷さんの悪口を言ってきたくせに、どういう心境の変化なのか。そのまますぐに、出ていってしまった社長の思いは図リかねた。

 1時間後に帰ってきた社長は、次に、
「浦安、降ろしてそこに座らせた方がいいなぁ。」
と、基谷さんの席を指して言う。
——当たり前やろ…。誰がそこの仕事すんねん。私の仕事、更に増やす気か…。
と思いながらもグッと堪えて、
「その方がありがたいですね。」
と私は答える。
「で、斉藤さんは今、何の仕事してるん?」
「え、これですか? 今日の運行をドライバーさんごとに入力していってます。」
「そうなんや。それ今度、浦安にも教えてやって。」
「え、あ、はい。」
「斉藤さんと羽田野さんの仕事、浦安とか俺とかうちの奥さんにも教えて欲しいねん。」
——っっ?! あれだけ、奥さんに手伝ってもらうのを拒否していたのに…? 社長が事務って…今まで何をしてるか知ろうともしなかったのに…?
「…はい。それは全然…。」
「覚えたら、みんなでぐるぐる仕事回せるよな。」
「…そうですね。」
その会話の後に、また社長は出ていった。
——え、これって、私と羽田野さんはいらないって、遠回しに言ってるん?
私には、そのようにしか聞こえなかった。正直、私たちの仕事は、その3人が覚えてくれるのであれば、事足りる。社長が事務の仕事を丸投げしているから知らないだけなのだ。本来、社長がするべき仕事も私がやっていたりするものだから、今1.5人で賄っているが、しょうもない仕事をそぎ落として、やるべき仕事だけをするのでよければ、0.8人で十分にやっていける。
 金融プランナーであれば、まず、この経営状況で経費削減しろと言うであろうから、事務員のことは切れと言われているのかもしれない。
 社長はいらんことは言えるのに、大事なことはちゃんと伝えられないので、もしかしてこれは、察してくださいの合図なのかもしれない、と私は勘ぐっていた。
——え、それならそれで、ラッキーやんっ!
会社都合で辞められるのであれば、願ったり叶ったりだ。潰れると思っていたのに、潰す方向には行かないし、これは失業保険をすぐにもらうことは無理だなと思っていた矢先であったので、小躍りしそうになった。
 あらかじめ、羽田野さんとは「斉藤さんが辞めるのであれば私も辞める」という打ち合わせはしていたので、彼女の進退は私の進退で決まる。
——これは、きちんと確かめなければ。

 結局、社長が事務所に戻ってきたのは夕方であった。それまで、一人で悶々と朝の会話を反芻して待っていた。
 帰り際に、
「社長、ちょっと、本音をお聞きしたいのですが…。」
「何?」
「いや、会社正直厳しいじゃないですか。私も羽田野さんも結構気にしていて。」
「そうか。」
「朝、言ってたみたいに、社長と奥さんと浦安さんの3人が私たちの仕事を覚えてくれたら、私たちいなくても、やっていけると思いますが…。」
といった瞬間。
「え、何? それって辞めたいって言ってるん?」
急に、声色が変わる。
——え、なんか思ってたんと違う…。これはめんどいパターン。ここはやり過ごさないと!
「そういうわけでは、ないのですけど…。」
「もうな、そんなにポロポロ人が辞めるんやったら、この商売やめるわ!」
——わー、キレ出した。めんどい!!!
「…。私たちはお金を産まないですし、会社しんどい時に、すごく心苦しいんですよ。話を聞いてしまってるんで、私たち、ここにいて大丈夫なんかなって思ってるんです。」
会社のためを思ってます、を全開に申し訳なさそうに私が言うと、社長は少し落ち着いたようだった。
——…セーフ!
「基谷も、ずっとそんなこと言ってたけど、必要な人間なんやから、そこは経費かかってもしょうがないんちゃうん。俺はずっと思ってたんや。売上で取り返せばいいやんって。」
——あ、まだ利益のこと理解してなかったのね…。
と思いつつ、では一体、朝の話は何だったのか、と頭の中で考えていた。朝の話からのこの反応の意味が、全く理解できない。金融プランナーが、事務員を切るためにそれとなく「事務仕事も覚えていって下さいね。」とでも言ったのだろうか。それをそのまま受け取って、“自分たちも事務仕事を覚える“と変換され、私に話をしたのだろうか…。…大いにあり得る…。この話をすることが、どう受け取られるかを理解しないで、言われたことをそのまま実行しているだけ。
——そこは、読めへんかったわ…。ちっ、ぬか喜びやったか…。
「斉藤さん、気を遣わせて申し訳ないよ。会社も今、頑張って立て直していく方向で動いてるから、力を貸してもらわれへんやろか。」
「…はい。」
こう言われて私は、是を唱えることしかできなかった…。

 ただ、この話をしたことで、社長から金融プランナーとどんな話になっているかを聞くことができた。
・社長の自己資金を1000万ほど入れて、とりあえずの運転資金を作る。
・借入の返済を1年ストップして、その間に立て直していく。
・そのために、商工会に加入して再生委員会、のようなところに頼んで、資料を作ってもらう。
直近では、そういう動きをしていくということだった。
——基谷さんを頼れなくなったら、その金融プランナーさんにべったりと縋り付くんだね…。こっちに面倒なことが降り掛からなければいいけど…。
そっと、ため息をついた私だった。


結局、うちの会社は倒産寸前にも関わらず、とりあえず生き延びている。
今から始まっていく社長の行動が、吉と出るのか凶と出るのか…。
それは誰にも分からない。
私も、辞めたい気持ちは強すぎるのだが、先は気になる。
私の精神が崩壊するのが先か。会社の未来が見えるのが先か。
でも、もう少しだけ、様子を見ようと思う。
どうなっていくかは、…神のみぞ知るのだ。


〈了〉
ここまで、お読みいただきありがとうございました!
…と思っていたのですが、続きを書きました。笑
第九話に続く。

第八話の後に書きました。
よろしければ、こちらもお読みください。↓

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