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人に伝わる絵を描くために〜"基礎画力のメタ化"とは


以下の文章は、以前某所に投下した「ほぼ絵のないお絵かき講座」の内の一文です。

某所とは恐らく違うクラスタの方が多数のnoteに、この「テキストばかりのお絵かき講座」を置いてみたら…? と思いついて、投下することにしました。

某所では二次創作で主に活動しているので、割と狭いクラスタ内でしか見られていないと思います。

なので、もう少し拓けた場所で公開してみたらどうなるのか、何にもならないのか、少しばかり試してみたくなったのでした。

というわけで、以下がその文章になります。


以前「本当に絵が上手くなるための考え方、上手くなることを阻害する思考の癖とは?」という拙文をアップしました。

https://note.com/midoriene/n/n264e38b4ff30

その中で基礎画力向上に必要と考えられる思考法とそれを阻害する思考の癖について、Web上で見かけた論説を引いたものと、私自身の経験則による私見を書きました。

その中で度々「基礎画力のメタ化」について言及したのですが、じゃあ基礎画力のメタ化とは
・具体的にどういう状態なのか、
・なぜ必要なのか、
・どうやってメタ化を実践するのか

について、再び私見ながら述べてみようと思います。

今回この文章で定義している"基礎画力がメタ化された"状態とは
絵を描く際に
・参考図版が無くとも
・自分の脳内イメージだけで
・特別意識せずとも
・苦もなく描ける
状態のこと

言い換えると、描きたい事物の
・形
・骨格(人体に限らず)
・立体的な構造
・可動域
・陰影の法則
などの把握が出来ている

つまり、本人の描きたいもののイメージに対して、何も見ずに描ける要素=抽斗が多く、"ある程度"基礎画力が充足している状態と定義しています。

"ある程度"というのは、どこまでが楽に描ければ納得出来るかの基準が絵師によってまちまちであると考えられるため、このように表現しています。

てはメタ化されてないとどうなるかと言うと
・テーマが混乱してボケる
・描く時気をつける箇所が複数になる
・描くのに疲弊する
・どの要素をテーマとして絞り込むかの優先順位が曖昧になる=散漫な印象の絵になってしまい、人にテーマが伝わりづらくなる

こういったデメリットが生じます。

テーマといっても高尚な、他人に披露出来るようなカッコいいものではなく、ごくごくプリミティブな画欲の元です。

例えば私自身の場合でいうと、描きたい気持ち、画欲がよく湧き上がるのは以下の場合が多かったりします
〇キャラクターの心境がよくわかる時
(特に目の表情がキモ)
〇キャラクターの動きがよく見える時、特に
・ポージング
・髪の毛
・手の表情
などのフェチなのでこれらがよく見えると無性に描きたくなります。
キャラクター以外だと花、とか布、とかは特に描くのが楽しいオブジェクトですね。

あと特殊例としてはお絵描きアプリの未知のブラシでどのように効率よく陰影や質感を描けそうか脳内シミュレーションが出来た時とかでしょうか。

この文章では、これらの画欲の根源になるものを「テーマ」と定義しています。

万人に当てはまるわけではないとは思うのですが、私自身の経験則で言えば、基礎画力がメタ化されていないと"今回の絵はどれがテーマのメインの柱なのか"、が描いているうちに混乱してしまいがちでしたね。

例えば今回添付した落書きを例にすると、画欲の元=キャラクターの目の表情が今回のテーマになります。

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音楽をシャッフルで流している時にたまたまかかった曲を耳にした瞬間にキャラクターの視線がふと見えたので描き始めました。
なので、目の表情を厳密に(曲を聴いて見えた通りに)定める事に注力し、絵の9割をその曲が流れている間に描き終えました(完全に描き終えるまでおおよそ5〜10分程度)
目の表情以外の部分は厳密に描き込まず、大きな齟齬がなければとりあえずOK、という基準でまとめました。

ここでもし私の基礎画力が(最低限私の納得できる程度に)メタ化されていなかったらどうなるのか? と仮定してみると、
・ポージングを確定するのに苦心惨憺し、
・手をそれらしく描くのに首を捻りつつ時間がかかり、
・髪の毛も陰影込みでの一発描きすることも出来ず、うんうん唸りながら試行錯誤
(実際は陰影込みでの一発描きができるブラシがkritaにあるので愛甪している)
・あちらこちらに労力を振り向けなければならないため、結果、本来一番注力したかったはずの目の表情まで厳密に描き込む事が出来なくなる

…という具合に絵の全方位にかなりの労力と気を配らなければならず、一番描きたいと思ったキャラクターの目の表情を厳密に定める事に注力出来なかったと思います。

これが、先に上げた
・テーマが混乱してボケる
・描く時気をつける箇所が複数になる
・描くのに疲弊する
・どの要素をテーマとして絞り込むかの優先順位が曖昧になる=散漫な印象の絵になってしまい、人にテーマが伝わりづらくなる

状態そのものです。

どこを、どの部分のどんなところを見る人に伝えたいのか、注力しなければならないはずのテーマが、絵の基礎部分を描くのに四苦八苦してる間に空中分解してしまう。
それによって、本来なら伝わるはずのテーマ(今回の場合目の表情)が伝わらなくなってしまうことになりかねません。

なので、人に「こんなテーマを伝えたい」、という動機で描くのであれば、よく描くモチーフ(キャラクターの表情、人体など)はある程度"ソラ"で無意識に描ける程度にはメタ化されていないと、毎回全方位に全力を尽くそうとして疲弊してしまうかもしれません。

実際私の経験では、テーマに当たる箇所(今回はキャラクターの目の表情)をがっちりイメージ通りに描き上げるまでの時間が短ければ短いほど、自分でも気持ちよくくっきり描けて、相方の紀衣呂(文章書き)の反応も良い事が多いです。
短時間に描くには、やはり自分が納得できる程度に基礎画力をメタ化させておく方が断然効率良いし、何よりその方が気持ちよく描けます。

アイデアもナマモノなので、完成までの時間は長引かせない方が生きの良い、鮮度の高い絵になる、と私は感じています。

もちろん、時間をかけることによって良くなって行く絵もあります。
が、それは基礎画力を十分に蓄えた上で更に上を目指す場合であって、基礎画力が足りないがために時間がかかるというのは、伝えたいテーマを伝えるという場合においては不利に働くと言って概ね差し支えないかと思います。

また、どんなに色塗りや仕上げを綺麗に整えた絵であっても、またどんな凝った構図やポージングであっても、基礎画力が足りないとそれらは統一された絵のイメージの伝達を阻害します。

いくら凝ったつもりのポージングでも、例えば複雑骨折したような腕や、奥行きを無視した肩と胸の位置関係、間違った陰影など…で容易くテーマは瓦解します。

またあるいは愛ある絡みの図のはずなのに片方のキャラクターがもう片方のキャラクターから逃げようとしてるかのような重心のかけ方になってしまったりしたら、愛ある絡みではなく、愛のない遁走に見えてしまい、完全にテーマ破綻となります。

なので、そこまでして凝ったものを描きたいのであれば、それまでに習得した基礎画力では足りないということになるので、更に上の基礎画力を積み重ねてメタ化していくしかありません。

それでは、基礎画力の更なる上積み(メタ化)するにはどうすればいいのか。

これは、特別変わった方法はないと思います。

ごくごく正攻法で
・実際のオブジェクトを元にデッサンを重ねる
(写真や絵が元では奥行きの概念が習得できていない場合、デッサン力の向上に寄与しない)
・デッサンしたいオブジェクトの表面だけにとらわれず構造、骨格、骨組み自体を理解するように努める
・実際に手を使ってデッサン出来ない場合でも目で対象のオブジェクトを注意深く観察し、その形を形成している「法則」を理解するように努める
他人のアドバイス、ハウツーは演繹法であり、それを理解できたと判断できるのはその技法を帰納的に理解できた時なので、「自力で複数の絵に応用して使えないうちはまだその技法は身についていない」、ということを理解する

ここを勘違いすると、その技法が身についた「つもりだけ」で終わってしまい、次からまた苦労する羽目になるので、地味に大事なポイントです。

自分の画力の勘違いほど自分の画力を損ねるものはありません。

自分の絵の些細な違和感に気がつけるようにならないとずっと「ダメ脳内補正」の餌食のまま一生を終える羽目にもなりかねません。
(ダメ脳内補正については、「本当に絵が上手くなるための考え方、上手くなることを阻害する思考の癖とは?」をご参照ください)

まとめると、
もしも、人に伝わる絵を描きたいと思うのであれば、自分の基礎画力の抽斗を増やして、ある程度のオブジェクトは無意識に描けるようになるのが早道です。
それにはダメ脳内補正の呪縛から逃れることも必要になる、そういう話でした。

今回は、以上です。

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