妻が初めて知った、息子の目が見えないかもしれないという現実
生後2日目。
妻は医師から、息子の検査結果について説明を受けました。
最初に伝えられた言葉は、
「大きな問題はないでしょう。」
その一言に、妻は胸をなで下ろしたそうです。
僕もその言葉を聞いて、ようやく少しだけ安心することができました。
息子は自分の力で呼吸をし、小さな体を精一杯動かしながら生きていました。
「きっと大丈夫。」
そう信じたい気持ちでいっぱいでした。
しかし、その安心は長くは続きませんでした。
医師は続けて、
「妊娠中にもお話ししましたが、両方の眼球が小さい可能性があります。」
「そして、小脳も少し小さいかもしれません。」
と説明しました。
ただ、この時点では体がまだ小さく、詳しい検査を行うことはできません。
CTやMRIは、もう少し成長してから行いましょう、という話でした。
妻は、
小脳については覚えていました。
切迫早産で入院していた頃、
エコー検査でその可能性を聞き、
大泣きしたことがあったそうです。
でも、
目のことについては、
「そんな話を聞いた記憶がない。」
と、日記に綴っていました。
その言葉を読んだ時、僕は初めて気づきました。
妊娠中、
先生は僕にこう話していたことを思い出したのです。
「お母さんには、必要以上に不安を与えないよう簡単な説明にします。」
「詳しい話は、お父さんにお伝えします。」
先生は、お腹の中で息子を育てながら、
不安と闘っている妻の心を守ろうと
してくださっていたのだと思います。
だから僕は、
先生から詳しい説明を受けていました。
両方の眼球がとても小さいこと。
目が見えない可能性があること。
障害が残る可能性があること。
何度も説明を受け、
そのたびに少しずつ覚悟をしてきました。
一方で妻には、
その部分はあえて詳しく伝えていませんでした。
先生の考えを尊重したかったこともありますし、
まだ確定していないことで、
必要以上に妻を苦しめたくなかったからです。
だから、この日の説明は、
妻にとって本当に初めて知る現実だったのです。
その日の夜。
妻から電話がありました。
「先生から話を聞いたよ。」
その声は、どこか力がありませんでした。
話を聞いているうちに、
妻は、息子の目が見えない可能性がある
ということを、先生からはっきりと
この日初めて知ったんだとわかりました。
僕にとっては、
妊娠中から少しずつ受け止めてきた現実でした。
でも妻にとっては、
その日突然、目の前に現れた現実だったと思います。
その衝撃は、僕が想像していた以上に大きかったのだと
それでも妻は、
自分に何度も言い聞かせていました。
「元気に生まれてきてくれたんだから大丈夫。」
「目の前の息子は、自分の力で呼吸をしている。」
「手足も動かしている。」
「元気に泣いている。」
だから、大丈夫。
不安に押しつぶされそうになるたびに、
妻はそうやって、自分の心を支えていました。
僕も同じでした。
まだ何も分からない。
だからこそ、
目の前にいる息子を信じるしかありませんでした。
小さな体で、一生懸命呼吸をし、
泣いて、手足を動かしている。
その姿だけが、僕たちに
「大丈夫。」
そう語りかけてくれているように感じていました。
この日から僕たち夫婦は、
「まだ分からない未来」に怯えるのではなく、
「今、目の前で頑張って生きている息子」を信じて歩いていこうと、少しずつ気持ちを切り替えていったのだと思います。
