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なぜ旨すぎる食べ物は身体に悪いのか?──身体の仕組みと資本主義マーケティングの話。

先日、高校時代からの友人たちとの飲み会がありました。

本当に久しぶりに会うメンバーもいて、私が忘れていた黒歴史(泣)を掘り返されたり、逆に掘り返したりして、楽しい時間をすごしました。

で、飲み会終わりに豚骨ラーメン屋さんへ行ったんです。
まさに「締めのラーメン」ですね。

店に入ると、まず最初の印象は、

クサい!(笑)

…決して【臭い】ではないんですよね。「クサい」という表現がぴったり。
ステキな香りと店の雰囲気もあって、一気に食欲が湧きます。

出てきた豚骨ラーメンは本当に旨かったです。

  • まず初めにガツン!と塩気を感じるスープ

  • 濃厚な脂のコク

  • 容赦ない糖質爆弾な細麺

  • 夜中にこんなものを…という背徳感がもたらす旨味(苦笑)

旨い旨い!と、まるで青春時代のように一気に食べました。

で、食べ終わって思ったんですよね。

こんなに身体に悪い、とされているものなのに、なぜ旨く感じるんだ?

動物としては逆じゃないの?
身体にいいものほど旨いのが本筋じゃない?と。

で、目の前にいた友人(2つ上の先輩)に聞いたのですが、

「タケシ君。君は俺と同じで酔っぱらっている。そういう難しいことを考えてはダメ。早く帰って寝なさい!どうもオマエは昔からなー…」

と、長々と演説をいただいたのですが、翌日改めて向き合ってみました。
ヒトの進化の歴史、そして資本主義マーケティングから考えてみた結果です。(今は酔ってませんw)


「旨い=身体に悪い」の正体

旨いものって、糖質 x 脂質 x 塩の組み合わせが最強と言います。
そう、大体茶色いもの(笑)

豚骨ラーメンを始め、マックのポテトやトロトロのカツ丼。チョコでコーティングされたポテトチップス。

──旨い。とにかく旨すぎる。食べた瞬間、脳がとろけるような快感を感じます。

一方で、身体にいい食べ物ってなんかこう、地味ですよね。
野菜や発酵食品、玄米とかって、どこか「物足りなさ」を感じることも少なくありません。

……これって、そもそも「生き物として逆」だと思うんですよね。

身体に良いモノが旨くて、身体に悪いモノは不味くて避けたくなる

──それが動物学的な「ヒト」としての本来の姿ではないでしょうか。


本能に刷り込まれた「旨味センサー」

人類が誕生してからというもの、長い間「飢え」と戦ってきました。

だからこそ糖・脂・塩といった魅力あふれる栄養素に出会ったとたん、脳が「それ食っとけ!」と快楽物質(ドーパミン)を出すように進化してきたらしいです。

  • 糖 → 脳のエネルギー源

  • 脂 → 長期的なカロリーの貯金

  • 塩 → 体内のミネラルバランスに必要不可欠

これらを「うまい!」と感じるのは、本能レベルで組み込まれたサバイバル装置とのこと。確かにその通りだと感じます。

そして今、私たちの目の前には……


あまりにも「うまいもの」があふれすぎている

現代の日本に生きていて「飢え」で命を落とすことはまずありません。
むしろ、旨すぎて身体を壊す食べ物があふれています。

しかもそれらは全部、ヒトの「うまいセンサー」を徹底的に研究して設計された商品なんですよね。

・脂たっぷりでジューシー
・塩気が効いてて癖になる
・甘さが口全体に広がる、でもくどくはない

これらは自然に生まれた味じゃないんです。

「いかに人間に【うまっ!】と思わせて、リピート購入につなげるか」

その一点だけをゴールにして、商品開発とブランディングが徹底されている。

つまり──


これこそが資本主義マーケティングの力

マーケティングって、よく「売るための仕組み」と言われますが、
その実態は「人間の本能を突いて、気づかないうちに買わせ続ける仕掛け」なんですよね。

要するに

ヒトがもともと「うまい」と感じるものを、過剰に強調する。

→ クセになってまた買う
→あたり前のようにまたその店へ行く
→ 生活に組み込まれていく

そうやって「売れる味」が量産され、そういったメニューが街にあふれていく。

これはもう完全に、

「人類の快楽センサーを乗っ取って金を生む構造」

と言っていいのではないかと思うんです。


身体にいいものが「旨く感じない」ワケ

そして、野菜のおひたしですとか、発酵食品とか、玄米とか。
こういったものは刺激が少なくて、ドーパミンがドバッと出ない

結果として脳が「うまっ!!」と反応しにくい。

でも、それって本来の姿なんですよね。
「本能を過激に刺激しない」=「身体にやさしい」ってことでもあるわけですから。

ただし、資本主義的にはそんなものは売れません。
そうなると広告も多く作られませんし、マーケティング費用もかかりません。ブームにもなりづらい。

ここでもまた、「旨すぎるものは売るための演出」という構造が見えてきます。


中毒になるように設計されている

ここに気づいてしまうと、なんとも怖い話ではあります。

  • 食品メーカーは人間の本能を研究してハマる味を設計

  • マーケティング部門は「安心感」や「クセになる味」を演出

  • 広告では「みんな食べてるよ」と仲間意識を刺激

  • 飲食店は繰り返し食べたくなるメニューを考案&提供

こうやって「快楽センサー」をマーケティングでコントロールされている状態です。

つまり──

「なぜ旨すぎる食べ物は、身体に悪いのか?」というよりも、
「旨すぎるように【仕掛けられているから】食べ過ぎて、身体に悪い」と言えるのではないでしょうか。


快楽と健康、どうバランスを取る?

ここまで書いてきましたが、だからといって、ラーメンやマックを完全にやめるべきなどという話ではありません。それは悲しすぎる。

私たちはもう資本主義と共存して生きていますから、快楽をゼロして生きるなんて現実的ではありませんよね。

でも、「知っておくこと」は大事だと思うんです。

  • この旨さは「設計された旨さ」でもあると理解しておく

  • それらを「たまに楽しむもの」として扱う

  • 普段は身体にやさしいものを「地味に育てる快感」で摂っていく

──そうやって、自分の中で「快楽と健康のバランス」をとっていくのが最良ではないかと思うんです。


おわりに:旨さを疑いつつも、旨さを楽しもう

なぜ旨すぎる食べ物は身体に悪いのか?

その答えは「うまさが暴走してるから」であり、
その背後には、「資本主義マーケティングという仕組み」がある。

それを知ったうえで、「今日はあえて負ける日」とか「この週末だけは解放する日」とか、自分で選んでいきたいなと思うんです。

だまされっぱなしではなく、知って理解して、上手につきあっていく。

これがこの社会で生きていく賢さの一つであり、深い「味わい」の一つなのかもしれません。


…そしてこのことを、例の先輩にも話してみようと思います。
おそらくまた長いお説教(?)をいただくことでしょう。
でもそれも、人づきあいの「旨味」の一つ…なのかな?(苦笑)

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