あかいソリの春
あかいソリは、冬のあいだ大忙しでした。
白い雪の野原をすべり、子どもたちを乗せ、大人たちの荷物を運び、夜には星の下をすいすいと走りました。
それは一年だけのことではありません。
あかいソリは、毎年毎年、冬が来るたびに、どんな日にも休まず、だれよりも丁寧に、よく働き続けてきたのです。
嵐の日も、凍る夜も、あかいソリはひとつも不満を言わず、雪にやさしく身をあずけて、いちばんなめらかで安全な道を探して走りました。
それを見ていた人たちは、いつしかあかいソリを深く信頼するようになりました。
子どもたちは、「あかいソリに乗れば、ぜったいに転ばないよ」と言いました。
大人たちは、「あかいソリに荷物をまかせれば、どんなものでもちゃんと運んでくれる」と言いました。
そして、そんな冬も終わり、厳しい寒さもゆるんでいきました。そして、春が来て、世界はすっかり様子を変えてしまいました。
雪はとけて、地面が見え、ふきのとうや小さな花たちが顔を出しています。
あのやわらかな雪の絨毯は、もうどこにもありません。
あかいソリは、ぽつんと小屋の隅に置かれたまま、動けずにいました。
「ぼくは、すべるために生まれたんだ。すべれないなら、いったいどうすればいいんだろう?」
ある春の日に、急にたまらなくなって、誰に聞くわけでもなく、あかいソリはそっとつぶやきました。
小屋の窓からは、暖かい風と、春の鳥たちの声が流れてきます。
春の光はあたたかく、やさしいのに、あかいソリの心は妙にさびしかったのです。
ある日のことです。
小屋のドアが開いて、ひとりの老人が入ってきました。
「やあ、きみ、ここにいたのか」
老人はあかいソリをやさしく撫でると、外へ運び出しました。
あかいソリは、心のなかで小さく身じろぎしました。
この老人は、冬のあいだあかいソリと長いあいだ一緒に働いた人でした。
あかいソリのていねいな走りを知っていて、あかいソリの静かな努力を見てきた人でした。
「きみには、雪がなくたって、ちゃんと美しさがあるんだよ」
老人はつぶやくように言いました。
彼はあかいソリを丘の上まで運びました。
そこには小さな一本の木と、まだやわらかい草が生えているだけでした。
老人は、木の下にあかいソリを置くと、何かを取り出してきました。
それは絵筆とカンバスです。
「きみは、春にすべれなくなったけれど、それでも、とても美しいじゃないか」
老人はにっこり笑うと、あかいソリの絵を描きはじめました。
あかいソリは、驚きました。
走りもしない。
役にも立たない。
それでも、そこにいるだけで、誰かの手を動かし、心を動かすことができる。
それはきっと、長いあいだ誰かのために走り続けた、その日々が、目に見えない光のようにソリのまわりににじみ出していたからです。
春の光をあびながら、じっとそこにいるあかいソリの姿は、冬の雪をすべるときとはまた違う、美しさをまとっていたのです。
その日から、あかいソリは丘の上にいることになりました。
ときどき画家たちがスケッチに訪れ、
ときどき詩人たちがソリに腰かけて詩を書きました。
子どもたちはソリのまわりに花の輪をつくり、大人たちはあかい色に春の思い出を重ねました。
あかいソリは、すべらなくてもここにいて、何かを届けることができている。
存在するだけで、誰かに何かを届ける。
そういうあり方もあるのだと、あかいソリはしずかに知ったのでした。
ある夜、春の星空の下で、あかいソリは空を見上げました。
星たちは、なにもしていないように見えるけれど、
それでも、夜空をきらきらと輝かせ、見るものの心をやさしく包みこんでいます。
「ぼくも、そんなふうになれたのかな」
あかいソリは、そっと自分にたずねました。
答えは、風の音にまぎれて聞こえなかったけれど、
ソリの心には、あたたかいものがふわりと灯っていました。
そして、春の夜は、しずかに、どこまでもつづいていきました。
遠い空から、星たちを乗せたソリの音が聞こえてくるようでした。
2025年4月28日
牡牛座7度46分
新月の夜に
今回は、ひとつ前に書いた記事『足りないから物語は動き出す』からインスピレーションを得て、また違う視点から物語をひとつ書いてみました。
いろんな物語を動かしていきたいと思っています。
今日もよき日でありますように!
