僕たちは

 このところ高校時代の先輩のことを思い出すことが増えた。僕はその先輩と面識があったわけでもない、名前も覚えていない。ただ、名前からして男子だったのだろうということだけを覚えている。
 僕の通っていた高校では、年度末にその年の大学合格者の合格体験記をまとめた冊子が配られる。僕はその冊子を通じて彼の書いた文章に接した。近隣の国立大学や、早稲田、慶應、明治など難関私立大学の名前が並ぶ中でも、彼の名前の隣に印字された「東京大学 文科二類」という文字は輝いていた。
 冊子には名前と合格した大学・学部、そして受験について書いた文章が一ページに綴られていた。僕は冊子をパラパラと捲りながら、そこに並ぶ大学名をぼんやりと眺めつつ文章を斜め読みしていたが、不意に彼のページで手を止めた。そんな学生は僕だけではなかっただろう。片田舎の進学校にあって、東京大学へ進学する生徒は数えるほどだったし、つまり多くの生徒にとっては高嶺の花だったからだ。
 彼は冒頭で「不意に一週間ほど勉強をすることをやめた。ここに理由は記さないが、一週間とはいえその影響は大きいと感じられた。」と勉強を継続することの重要性を訴えていた。その後は受験当日の行動に誌面が割かれており、「僕は国語と数学の間の休み時間に勉強する気になれなかった。周りの受験生の多くは参考書を開いていたが、そうしていても全員が受かるわけではなく、半数以上は落ちるのだと思うと直前まで勉強をする必要はないと考えた。今となってはどうしてそう考えたのかよく分からないが、当時は自分なりに納得して学内の散歩に出かけた。」などと、詳細に語ってくれるのが妙におもしろかった。他の卒業生の文章は、受験に対する心得や精神論を述べているものが多く、食傷気味だったからだ。
 帰りのホームルームの時間に、担任の先生が合格体験記をまとめた冊子を開きながら話を始めた。
「この東大の文二に受かった○○は」僕は先生の声を覚えてはいてもやはり名前を思い出すことはできなかった。「受験の直前にお母さんが亡くなられて。それで本人も勉強どころじゃなかったと思うんだよな。ここには、一週間だけ勉強をお休みしたということが書いてあるけれども。それでも東大に受かるんだから大したもんだ」
 僕は冊子の文字に見入り、言葉を切って教室の中を見回していたであろう定年退職を目前にした老教師の眼鏡の奥を見ることはなかった。僕は偶然そうしなかったのではなく、自ら意志を持って担任の表情を見ることを避けていた。
 それから一年後、受験生となった僕らの学年から出た東大現役合格者はたった一人、陸上部に所属していた女子だった。きっとその女子以外の全員が彼女に感謝したことだろうと思う。自らの幸福さを自覚もせずにむざむざと青春を浪費したその罪滅ぼしとして。

2025/03/09 0:55-1:30

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