明治維新、、そして来週から参院選選挙
江戸幕府が揺らぎ始めたのは、1850年前後のこと。
災害や疫病、そして外圧。そこに政治的な綻びが重なった。
①黒船来航──すべての始まり(1853年)
1853年、ペリー提督率いる黒船艦隊が浦賀に姿を現す。
ここから、「幕末」と呼ばれる混乱期が幕を開ける。
• 翌年、日米和親条約が締結。日本、開国へ。
• 横浜開港(1859年)を経て、尊王攘夷の機運が急激に高まる。←ここが明治維新始まり
興味深いのは、当時の構図。
改革を進める幕府=リベラル、
それを倒そうとする攘夷派=保守右派という、現代とは真逆の印象構造。
②維新の立役者たち(1866〜1867年)
坂本龍馬の斡旋で「薩長同盟(薩長新政府軍)」が成立(1866年)←「政治の中心を、江戸から京都朝廷へ!!」。
なお坂本龍馬が設立した「海援隊」は、ひと言でいうと、維新を陰で支えた民間の商社兼政治工作組織であった。
(時を同じく)その直後に孝明天皇が崩御。皇太子・睦仁親王(のちの明治天皇)が即位。
そして政治の主導権は、江戸から京都(朝廷)へと移っていく。
幕府も指を咥えて黙っていたわけではない、浪士を集め京都へ(新撰組誕生1867年6月)
③徳川慶喜の奇策──大政奉還(1867年11月)
「政権、天皇にお返しします(実質は徳川家が引き続き統治するつもりだった)」→倒幕新政府軍は大義名分を失う。
新政府側はそれを「不完全な幕引き」と見做し、
ついに御所でクーデターを起こす。
1867年12月近江屋事件
こうして、いよいよ
**王政復古の大号令(1868年)**→なんだかんだやはり天皇強い…
が発せられ、江戸幕府が終わり?、
新政府が事実上スタートする。
④最後の戦い──戊辰戦争(1868〜1869年)
しかし、
「まだ終わってないぞ!」と旧幕府軍が蜂起。
新政府軍との間で国内最大の内戦「戊辰戦争」が始まる。
錦の御旗を掲げた新政府軍は、武力的には劣勢ながらも心理戦で優位に立つ。
• 江戸は無血開城(1868年4月11日)→旧幕府軍、士気低下。
• 戦は北へ移り、最終決戦は箱館(函館)へ。
• 1869年6月、ついに戊辰戦争終結。
⑤新時代の首都──なぜ東京なのか?
「新しい日本の中心はどこに?」
西郷や大久保たちが悩む中、前島密の進言もあり、
事実上の遷都が決定(1868年9月)。
(京都に配慮しながらも粛々と)
江戸が「東京」へと名を変え、
・改元「明治」はその翌月(1868年10月)=「一世一元」となる。
・翌月天皇が一旦江戸城へ(あくまで「行幸中の皇城」として、名称を東京城とした)。
• 翌年、天皇も東京へ恒久移動(1869年3月)=東京城を皇城と定めた。太政官も京都から東京へ=東京遷都完了。
以上、幕末から明治までの流れを書き出してみた。
さて、現代にもどると
⑥来週から、また参議院選挙が始まる。
投票率に目を向けてみよう。
• 65歳以上(約3,700万人)の投票率はおよそ60%。
• 一方、20歳代(約1,700万人)の投票率は**30%**に過ぎない。
この圧倒的な差が、政治家たちの政策に重大な影響を与えている。
たとえ政治家が変わっても、現実に政治を動かすのは官僚であることが多い。
つまり議員や大臣がだれにかわろうと、
結局は官僚主導なのである。
「ハロウィン 仮面の下が 本仮面」
7.6.28 みひ
選挙前になると「どの政党も信じられない」という声があがる。
それも当然だろう。
だが、政権が変わることは、国のかたちを動かす数少ないレバーのひとつである。
完璧な政党も、理想の政策もない。
だが「諦めない」ことこそが、民主主義の土台なのかもしれない。
ちなみに戦後、日本で政権交代が起きたのはわずか2回しかない。
• 1993年(平成5年)―― 非自民・非共産連立による細川政権
• 2009年(平成21年)―― 民主党による政権交代
わずか2回だけだ。
(土佐弁風に)
「限られた やれる事だけ やるまでぞ」
7.6.28 みひ
