魚になったオクサン
昨年4月。
流産をして、落ち込んでいた私。
そんな私に夫は言った。
「よし、旅行に行こう。旅行に行って、楽しもう。次もしまたダメでも、また違うところに旅行に行けばいい。何回でも行こう」
結婚してから、いきなりの妊娠、流産を経験し、引っ越しや何やらでバタバタしていた私たちは、大好きな旅行も後回しにしていた。
海が綺麗なところへ行きたい。
小さい頃から海が大好きな私にうってつけの旅行先、それが宮古島だった。
だが、この宮古島へ辿り着くまでも大変だった。
旅行前日、引っ越したばかりの家を何とか快適にしようとカッターを持って作業していた夫。
なんだか危なっかしい持ち方をしているな、ちょっとそれ危ないんじゃー。
ザクッ
「やっちゃった」
その一言と共に腕を押さえる夫。
真っ赤な血が止まらない。
私は真っ青になって、ただ立ち尽くした。
夫は冷静に自ら救急車を呼び、何針か縫うことに。
夜も遅く病院から帰宅して、もう旅行に行けないんじゃないかと、うなだれていた私。
楽しみにしていたダイビングに何とか挑戦しようと、水中絆創膏などを検索する夫。
各々の性格がよく表れてた旅行前夜だった。
そんな夜を乗り越え、到着した宮古島は、今まで見たことのない青を海に広げていた。
前日のことが嘘みたいに私たちははしゃいだ。
結婚してから初めての大きな旅行。
新婚旅行だ。
彼の奥さんとしての初めての旅行。
まだ付け慣れていない指輪を左手の薬指に携えていると、どこへ行っても言われるのだ。
「あら、新婚旅行?」
それが何だかくすぐったくて嬉しかった。
そしていよいよ、
この旅行の山場のダイビング体験。
必死になっての検索やドラッグストア巡りも虚しく、船上からの見学になった夫。
それでも宮古の海は、どこよりも綺麗で、船の上からも魚が見えるほどだった。
青というより透明なゼリーのような。
そして、私はいざ初めてのダイビング。
海の中は、まるで竜宮城だった。
色とりどりの珊瑚と、数えられないほどの魚たち。
私もまるで魚になったようで、哀しみなどは一緒に流れていくようだった。
一方、船上で人懐っこい夫は、すっかり船長と仲良くなっていて、こんな会話が繰り広げられていた。
「うわー、本当に綺麗ですね。海の中が透き通って見える」
「そうだろ、ほらあそこに泳いでるのがオクサン」
「どれですか?」
「あれだよ、あれ。あの小さく見える黒いやつ」
「あー、あれオクサンっていう魚なんですね」
「違うよ!あんたの奥さん!!」

その話を、船に上がって夫から聞いた時は、笑いが止まらなかった。
まるで魚になった気分。
というのは、あながち間違えじゃなかったらしい。
私は、あなたのオクサン。
いいえ、奥さんですよ。
新婚旅行なのよ、忘れちゃダメよ!
でもね、宝石のような海の一員になれて光栄だわ。
ありがとう、宮古島。
そして、あなたの奥さんになれてよかった。
