48音の中に眠る、わたしたちの「余白」
現代のひらがなは、48音。
けれど、
もともとは 50音だった ことを、知っていますか?
小学校1年生の頃。
教室の壁に貼られていた、ひらがなの一覧表。
「あ行」「か行」「さ行」…
どの行も、きちんと5つずつ並んでいるのに、
なぜか
「や行」と「わ行」だけ、3つしかない。
少しだけ、スカスカで。
どこか、さみしそうに見えた記憶はありませんか?
消えた音ではなく、溶け込んだ響き
かつての日本語には、
そこに入るはずの音がありました。
「ゐ(wi)」と「ゑ(we)」
今では「い」「え」に統合され、
日常の中で使われることはほとんどありません。
でもそれは、
「なくなった」というよりも——
ほかの音の中に、
やさしく溶け込んだ のかもしれません。
はっきりと区切らず、
微妙な違いを、そのまま抱えたまま。
目に見えないものを感じ取る感性
効率やスピードが重視される現代。
でも、かつての日本人は
ほんのわずかな音の違い、
かすかな気配を、大切にしていました。
風の音。
季節の移ろい。
言葉の裏にある、言葉にならない思い。
見えないものを、なかったことにしない。
その感性が、
50音という響きの豊かさに、宿っていたのだと思います。
日本人の誇りは、静かなところにある
失われた2音に思いを馳せることは、
ただの言葉の歴史を知ることではありません。
それは、
・結果だけで判断しないこと
・声にならない気持ちを汲み取ること
・誰も気づかない変化に、美しさを見つけること
そうした 繊細さそのものを、思い出すこと。
強く主張しなくても、
声を張り上げなくても、
日本人の誇りは、
ずっと静かな場所にありました。
48音で生きる、50音の心
いま、私たちは48音で言葉を紡いでいます。
けれど心の中には、
50音分の広がりを持っていても、いい。
余白があるから、
新しい風が入ってくる。
余白があるから、
言葉は、人を傷つけるものではなく、
包むもの になる。
今日、あなたが口にする
そのひとつの言葉にも、
かつての豊かな響きが、
そっと宿っていると信じて。
少しだけ、呼吸を深くして。
やさしい言葉を、世界に放ってみませんか。
みみ
P.S.
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