頑張り続ける人生から、「味わいながら生きる人生」へ。
頑張り続ける人生から、「味わいながら生きる人生」へ。
54年間、親の価値観で生きてきた私が、
ジャーナリングで「自分の言葉」を取り戻す記録です。
同じ道を歩いている方に届きますように。
最近の私は、
「五感」というものに、
ものすごく反応している。
前は、
こんなふうに感じていなかった気がする。
ここ最近、
料理をしている時でさえ、
「ああ、豊かだな」
って思う瞬間が増えた。
例えば、
野菜を切る時。
手に持った時の、
あの少しひんやりした感触。
包丁を握る感覚。
野菜の中に、
刃がスッと入っていく感じ。
トントントントン…
と、
まな板の上に響く音。
鍋で、
コトコトコトコト…
と、
煮えていく音。
そして、
少しずつ広がっていく、
出汁の香り。
味見をした時の、
小さな一口が口の中に広がる感覚。
野菜そのものが持っている、
甘さや、
香りや、
食感。
それを、
ちゃんと"感じる"。
食べ終わった後だってそう。
お皿を洗う時の、
水の感触。
洗剤の泡の柔らかさ。
流れていく水の音。
そんな、
何気ない日常の中に、
私は最近、
ものすごい豊かさを感じる。
そして、
これはきっと、
ジャーナリングの影響なんじゃないかなって思っている。
私は毎朝6時から、
ジャーナリングを続けている。
ただ、
思いつくままに書くだけ。
何も書けない日もある。
でも最近、
少しわかってきたことがある。
それは、
「何を書くか」
より、
"毎日同じ時間に、
自分と向き合うこと"
そのものに、
意味があるんじゃないかってこと。
最初は、
こんな変化が起きるなんて、
思ってもいなかった。
ただノートを書いているだけ。
そう思っていた。
でも、
続けていくうちに、
少しずつ、
風の匂いだったり、
料理の音だったり、
空気の冷たさだったり、
今まで通り過ぎていたものを、
感じるようになっていった。
まるで、
閉じていた感覚が、
少しずつ開いていくみたいに。
私はずっと、
「感じないようにする」
ことで、
生きてきたところがある。
毒親育ちだったこともあって、
本音を抑えたり、
空気を読んだり、
自分より周りを優先したり。
だから、
"感じる"
ということそのものが、
どこか鈍くなっていたのかもしれない。
でもジャーナリングは、
そんな私に、
「今、何を感じてる?」
と、
毎朝静かに問いかけ続けてくれた。
その積み重ねが、
少しずつ、
"感じる器"
を広げてくれた気がしている。
前の私は、
「もっと頑張らなきゃ」
「もっと成果を出さなきゃ」
「もっとちゃんとしなきゃ」
そんなふうに、
いつもどこか急いでいた。
でも今は、
ただ料理をする。
ただ味わう。
ただ感じる。
それだけで、
十分豊かなんじゃないかって、
思う瞬間がある。
もしかしたら私は、
今までずっと、
"人生をこなそう"
としていたのかもしれない。
でも本当は、
人生って、
"味わうもの"
だったのかもしれない。
風を感じる。
香りを感じる。
音を聞く。
味わう。
触れる。
そうやって、
五感を使って生きる。
それって、
すごくシンプルだけど、
ものすごく深い豊かさなんだと思う。
「何を持っているか」
より、
「どれだけ感じられるか」。
私は今、
少しずつ、
"頑張り続ける人生"
から、
"味わいながら生きる人生"
へ、
移動している気がしている。
そしてきっと、
幸せって、
案外こういうところに、
静かに存在しているんだと思う。
📓 今日の問い(3分)
今日、あなたの五感が「ふっ」と反応した瞬間はありましたか?
風の匂い、水の音、食べ物の味……何でもいい。
それを思い出しながら、ノートに書いてみてください。
(思い出せなくても大丈夫。今、手のひらの温度を感じるだけでも、五感は開き始めます)
ーーー
「ジャーナリングに興味がある」
「興味はあるけれど、いつも続かない…」
「ジャーナリングってよくわからないけど、なんだかやってみたい」
そんなふうに少しでも心が動いた方は、ぜひお気軽にDMをくださいね。
毎朝6時30分から30分間、オンラインで『朝活ジャーナリング』を開催しています。
ひとりでは続かないことも、誰かと一緒なら、不思議と心地よい習慣に変わっていきます。
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