豚肉を焼かせてくれ
今夜の夕飯は豚肉のケチャップ炒めで決まりだ。
玉ねぎも切ったし、
味付け用のケチャップソースも作った。
──あとは豚肉を焼くだけだ。
頭の中で、強調されるこのフレーズ。
夕方5時。
ひとりの男と目が合う。
「オリジナル料理作っていい?」
どうして彼はいつも私が豚肉を焼こうとすると、キッチンに現れるんだろう。
過去の事例がこちらである。
決まって、夕方のクソ忙しい時間にやってくる。
一筋縄じゃいかねぇ男──Yota。
「え、お母さん、豚肉焼きたいんだけど?!」
「すぐ、すぐ、作るから!」
この男の“すぐ”は信用ならない。
でも、ここで作らせないともっとめんどくせぇ事態になることは、経験済み。
「もぅ、早く作ってよ!5時過ぎてるんだから」
私は軽く圧をかけ、キッチンを離れた。
──数分後。
キッチンにYotaの姿がない。
台の上には卵がコロンと4個転がっている。

「ツキちゃ〜ん、おすわり♡」
夕寝から目覚めた愛犬ツキちゃんと戯れているではないか。
「ちょっと!豚肉焼くの待ってるんだけど!」
「わかったわかった!作る、作るからぁ!」
私は心の中で舌打ちしながら、玄関先に置かれている荷物を取りに行った。
戻ってくると、今度は寝室から弟と遊ぶ声が聞こえてくる。
──眉間に皺寄せ鬼瓦、降臨。
「ねぇ!お母さん、豚肉焼きたいんだってば!!!」
慌てて降りてくるYota。
「ごめんごめん、遊ぼって誘われちゃって」
豚肉焼きたい。
豚肉焼きたい。
豚肉焼きたい。
コツン、コツン、コツン、コツン。
卵の割る音が4回聞こえる。
また、卵料理か。
今回は、どんなオリジナル感出してくるんだ?え?
「お母さん、炊飯器のご飯全部使っていい?」
「え、いいけど......何作んの?」
「それはぁ、秘密ですよ」
ニヤコラしてんなぁ。
嫌な予感しかしない。
でも、その感じは卵チャーハンでも作る気だな?
ケチャップ味の豚肉には、白いご飯を合わせたかったが、
まぁ、いいだろう。
届いた荷物を片付け、キッチンに様子を見に行くと、
彼は器用にフライパンでご飯を炒めていた。
ほらね、やっぱり卵チャーハン......
キムチぶっ込んでるじゃん!

この男は全く油断ならねぇ。
「あ、お母さん!いい所にきた。キムチ、キムチが大きい。ハサミで切って!!」
「えっ、あ、はいっ!」
私はキッチンバサミを使い、Yotaが炒めている横から、すでに投入されたキムチをザクザク切り刻んだ。
白いご飯がよかった……な。
脳内会議の結果、ケチャップ味の豚肉に、キムチ炒飯は流石に合わないだろうということになり、塩胡椒で焼くことにした。
大満足でキッチンを去るYota。
時刻は夕方6時。
──やっと豚肉が焼ける。
***
テーブルのど真ん中にキムチ炒飯をドンと置く。
Yotaの目が、「先に炒飯だよね?」と言っている。
「いただきます!どれどれYotaくんが作った炒飯からいただこうかな」
パクリ。
......ん?キムチはどこだ?
予想以上に味が薄い。
もう一口食べる。
遠くの方でキムチが一瞬通り過ぎた気がした。
薄いな。
「どう?」
キラキラな目でYotaが見てくる。
子どもの目は、なんて澄んでいるんだ。
「うん、美味しい!……優しい味!」
塩胡椒で焼かれた豚肉を見ながら、心でつぶやく。
──これならケチャップ味の豚肉でもよかったかもしれない。

追いキムチでもしようかな。
