息子にきた仕事のオファー
ある日、小学3年生の息子に『仕事のオファー』がやってきた。
大げさかもしれないけど、私の中ではそう言いたくなるような出来事だった。
息子には、ちょっとユニークな特性がある。
『自分の湧き出た感情でしか動かない』
だから、やることが決められていてみんなと同じことをしなければいけない小学校にはもちろん通っていない。
ロボット教室のようにテキスト通りに進める場所も続かなかった。
けれど、ラップの芯や牛乳パックやお菓子の箱などの廃材を目の前に並べれば、たちまち心が躍り出す。
彼は、自分で考え創り出すことが好きだ。
「描きたい」「創りたい」と思えば、それが例え出かける前でも就寝前でも構わず動き出す。
そうなるともう誰も止めることはできない。
ユニークと敢えて言ったのは私の強がりかもしれない。
本心は、一筋縄じゃいかねぇのよ!と叫びたい。
そう、彼はいつだって──『今』を生き、『今』感じた衝動でしか動かない。
私は息子の描く絵がものすごく好きだ。
繊細で、絵を見ているとその奥に物語が広がっていてとても豊かな気持ちになる。
だから、絵のコンテストなどにも挑戦してみたいのだが、それらはいつもテーマが決まっているし、絵のサイズも決められていて、期限もある。
『決められたこと』には、息子の気持ちは全く動かない。
お願いごとでもそうだ。
「お母さんの絵を描いてくれない?」と頼んでも、彼は決して描かない。
でも、自ら心が動いた時、いきなりプレゼントしてくれたりする。

それで私がどんなに感動して喜んで「また描いてね!」と言ったとしても、彼の気持ちが動かない限り描かない。
息子は週に3回ほど居場所に通っている。
私と離れ、家以外で安心して過ごせる唯一の場所だ。
そこには、不登校の子どもたちから絶大な信頼を寄せられているパーマ先生がいる。
息子もパーマ先生がいるから笑顔と自信が戻った。
──ある日、そのパーマ先生からお願いごとをされた。
「○くん、ちょっとお願いがあるんだ。⬜︎⬜︎の社長さんがね、居場所にお金を寄付してくれたんだよ。だからね、そのお礼に○くんの絵を額に入れてプレゼントしたいんだ。描いてくれないかな」
なんて光栄なお話なんだ。
私はテンションぶち上がりそうになったが、お口チャックで息子の反応を見ていた。
ところが息子は表情ひとつ変えず、ウンともスンとも言わない。
「すごいじゃん!○くんに仕事のオファーだよ!」
たまらず私がそう言うと、少し表情が緩み嬉しそうな顔をしたのを私は見逃さなかった。
その笑顔の理由を私は知っている。
私の夫は今、「なんのはなしですか」ショップのグッズや、「なんのはなしです珈」のデザインを手がけている。
その話をする時、息子はいつも話題に入ってきて、アイデアを出したり、自分で描いてみたりしている。



誰かに依頼され、それをカタチにしていく──そのことに興味があるかもしれない。
私はそう思って、わざと「仕事のオファー」と表現した。
「じゃあ○くん、いつでもいいから、待ってるね」
パーマ先生は笑顔で息子にオファーしてくれたが、それから何日経っても全然取り掛かろうとしない。
居場所がない日は「暇だ」と連呼するので、「パーマ先生にオファーされてる絵を描いたら?」と言っても、描かない。
──やっぱり描かないか・・。
私は半分諦めていた。
居場所がある日、出発直前にiPadで何かを描き出した。
「見ないでね!」
ああ、スイッチが入ってしまった・・この感じ暫くかかりそうだ。
私は掃除機をかけたりして待つことにした。
チラッと息子の表情を見ると、真剣に作品と向き合っている。
「できた!」

色は自分でつけたよ
「あ!これ、社長さんに渡す絵?」
「うん」
息子は、パーマ先生からの依頼に気持ちが動いた。
誰かのために絵を仕上げたのだ。
嬉しい。
「これにさぁ、ずっと前に作ったポストカードもつけない?」
ここぞとばかりに提案してみると、珍しくOKが出た。

さっそくパーマ先生に渡すと、「すっげぇぇぇぇ!!ありがとう○くん!」と大喜び。
額に入れて社長さんに渡してくれるそうだ。
当の本人は──涼しい顔をしている。
思わず小躍りしたくなるほど喜んでいるのは、パーマ先生と私だけ。
息子はどう思っているんだろう・・。
息子から「やってみたい」の言葉が出たのは、それから少し経った頃だった。
「僕、自分の作品を売ってみたい」
パーマ先生から提案があったらしい。
仲良しのイトくんも自分で作ったブローチをお店で販売させてもらっているとのことだ。
それに今年の夏休みから我が家ではお小遣い制度を導入した。
彼は今、『自分で稼ぐ』ということに興味がある。
これらが重なり、息子の「やってみたい」が導き出された。
チャンスだ!
ずっと私たちは『きっかけ』を探していた。
学校に行っていない息子は居場所がない日に時間をもて余すことが多く、その姿を見る度に心が苦しくなった。
何か、息子の心が湧き立ち、夢中になることはないものかと。
パーマ先生に依頼され、絵を描き、社長さんに感謝の気持ちを伝え、喜ばれる。
自分の作品を誰かが買ってくれ、それが対価として自分に支払われる。
この経験が、息子の心の栄養となり自信に繋がってくれればと思う。
──でもまぁ、こちらがいくらそう思ってもどうするかは息子次第なので、結局のところ、親にできるのは環境を整えて見守ることだけなのかもしれないな。
