ギルバート&ジョージが、夢路いとし・喜味こいしに見えて仕方ない。老害か?(多分)
ヤンチャなブリットアートの福袋・YBA展の展示冒頭では、露払い的にドヤ感を出していた、ギルバート&ジョージ。強烈ビジュアルにどっか怪しげさもある、YBAの先輩格だ。で30年ぶりの大規模個展が決まったとの報。その頃、今の若者は生まれてないし、知ってる世代はもうジジババだ。
やばい。どげんかして関心を持ってもらいたい。親しみやすい糸口を、と思い「生まれてない」年代の女子に「いとしこいしみたいなコンビでな」と説明したら、「はあ?」と返された。やばい。よっぽど生まれてなかった。
ギルバート&ジョージは、ショッキングカラー×格子の平面作品だけでなく、常に一緒に行動して、自分たち自身を「生きたアート作品」にすることでも知られている。仕立てのいいスーツに身を包んで機械じかけの人形のように動く(そして壊れる)パフォーマンス作品「歌う彫刻」は、普通の身なりの二人が「ゲイの夫婦」であるという間柄(公表はされていない)も相まって、80年代には十分にタブーで挑戦的なニュアンスを放っていた。


対して、いとしこいし師匠である。
スーツにポマードというジェントルな出で立ちで、古風な上方の言葉回しをもって演じる漫才は、「普通っぽさ」を極めたクラシックだ。時折、ボケに、物知りのご隠居さん的知性が光る感じが、心地よく慇懃でもある。
このコンビの間柄は夫婦ではなく兄弟なのだが、練られた進行と息ピッタリのボケツッコミの安定感には、血のつながりを超えた濃い間柄がしのばれて、勝手にBL的な妄想が膨らんで、、というより、ギルバート&ジョージのコンセプトである「二人で一つ」の完璧な体現がある。
そんな芸風だけでない。おふたりは1999年に大阪市の指定無形文化財に認定された「上方漫才の宝」。ギルバート&ジョージが目指した「生きたアート作品」の体現をも、御大お二人は、地で果たされた。
ネタの端々に入る、キツめの“キミの嫁はん”ディスり(主に容姿サゲ)は、いとしこいし師匠が活躍した時代(1937ー2003)にはありふれたネタともいえるのだが、ギルバート&ジョージを重ねて今見ると、女を貶めて男同士の結束を強める、多分にホモソーシャルなニュアンスが感じられて面白い。
アートファンの方、お笑い信者の方、勝手にすんません。

