ネガティブに引っ張られやすい私を環境・習慣でコントロール①
ここ最近、自分がネガティブに引っ張られやすいこと、ネガティブな状況でもいつもの〇〇は遂行できること、時間ができると思考の深みにハマることなど、自分の気質がわかってきたのね。
気質がわかったら、対応も明確になってくる。
自分を客観視して、どう支援したらほどほどに安定して暮らせるかを言語化してみる記事。
不安になりやすい気質
以前、いつも温かいコメントをくださる定年のおっちゃんねるさんから、この動画を紹介していただいて。
おっちゃんねるさんは、私のやっていることはこの動画の「再評価」ですね、と教えてくださったの。
自分のしていることが科学的な根拠で説明されると、めちゃくちゃ心強かったのね。
で、私はこの動画では、それとともにものすごく興味を惹かれた内容があって。
それが、生まれ持った脳の性質で、不安になりやすいというものがある、というような内容。
感情を司る扁桃体の反応が、人とは違うというわけ。
これはもう無意識にそうなってしまうのだから、仕方ないことで。
嘆いてもどうしようもない、と。
だから私は不安がどんなときに起こるのか、どう考えてしまうのかを客観的に把握してみようと思ったのね。
もうそれしかないと思って。
不安になる自分を、もうひとりの自分に分析してもらう感じ。
それにはnoteって、私にとっては最適なツールで。
5月病を初体験
最近ね、この不安気質が暴走していて。
夫が言うには、
「みかんちゃんって今まで5月病からは縁遠い人だと思ってたけど、今年はハッキリ出てるよね。」
そう。
4月に子どものことでいろいろありすぎて、GW明け、メンタルの不安定さがなかなか抜けない。
でもね、ずっと不安気質はベースにあったと思うの。
だけど今までは不安に感じるヒマもなく、ずっと走ってたからね、ちょっと立ち止まったら一気にあふれた感じが否めないなぁ。
今回は4月の頑張りがひと段落した5月に、メンタルが一気に急降下したんだと思う。
5月病なんてここまでじっくり感じるのなんて初体験だもん。
自分の変化にビックリしてるよ。
心の中を noteで言語化し続けてきたから、自分の心の変化がいつも以上に感じられているのもあると思う。
その中で、今までとの違いも見えてきた。
私に合った生活、というのも見えてきたよ。
脳機能という視点で
記事に自分の心を言語化して、それを何回か読み直すんだけど、それでなんとなく自分の心の状態が客観視できるようになってきた。
逆に言うと、ここまでしないと自分の心ってどうもよくわからない。
目の前の出来事や見えやすい人の反応や気持ちには、意識が向くから対応できるのよ。
でも自分の心の動きとか、どんな表情をしていて、どんな態度で生活してるのかなんて、自分にはなかなか見えない。
というか、多分、そういうことに意識が向きにくいタイプなんだと思う。
ちょっと話は逸れる。
あのね、仕事で脳血管障害の方々を見てきて感じるのだけど(実際に研究結果もあり)、左半球の障害(右半身の麻痺など反対側に障害が起こる)の方は失語や感情失禁が起こりやすかったりするのだけど、意識が内側に向きやすい感じなの。
それに対して、右半球の障害(左半身の麻痺など)では、左の空間を認識しづらくなったり、怒りっぽくなったりするのだけど、自分のことよりも周りに意識が向きやすくなる感じ。
左半球ってよく言語脳とかいうじゃない?
右半球はイメージ脳とか。
学びも捉え方が中途半端で、考えが偏ってるかもしれないけど、右半球が優位な人って、全体把握が上手だし、自分の客観視も上手なの。
私は夫や長男がそんな感じなんじゃないか、って思うのね。
一方で、左半球が優位だと、言葉が巧みで、全体よりも細かいところに目がいって、自分に意識が向きづらくて…私や次男が近いかな。
そんなふうに考えていたら、ふと、ライフオーガナイザーの教科書を思い出したよ。
あのね、ライフオーガナイズって、簡単に言うと思考や空間の整理整頓で。
「空間や暮らし、人生を俯瞰し仕組み化する技術」のこと。
そのために自分の利き脳を知るっていう手順があるのだけど、それを思い出したの。
教科書から抜粋(一応、2級まで学んだ経緯あり)。

思考の整理も空間の整理も、自分の脳のクセから理解する必要がある。
面白いよね。
多分、人によってどっちの脳を優位に使ってるかっていうのはあって、気質の部分と環境による変化の部分とを加味した中で考える。
この視点は自分の客観視に役立つと思う。
で、この表には自己認識に関しては書かれてないけど、調べたら、自己認識の中枢は左脳に、他者認識の中枢は右脳にある…なんて話があったから、なんかちょっと思ってたのと逆だったな。
以下抜粋。

ちょっとわからなくなってきた…あはは。
まぁ、いいや。
とにかく、自分はどこの部分の脳機能を優位に使って生活してるか、どこが弱いかっていうのを脳レベルで考えるっていうのはなかなか面白いと思う。
で、ちょっとつながらなかったけど、私は自己認識が弱いと思う。
意識が向かない。
あ、でももしかしたらADHDの注意障害によって、本来は自己認識が強いはずなのに、人の中にいると注意があっちこっちに向いちゃって、意識が向きにくいのかもしれないね。
だから、いざ1人になって自分に意識が向くようになると、アレコレわかるからひとり反省会になってしまう…なるほど。
noteやリアルで自己分析していると、よくそこまでわかるねって言われたりするものね。
冷静な状態では、実は自己分析は得意なのかもしれない。
不安気質と向き合う
ちょっと話題がそれたけど、自分の脳の気質の理解は大切だと思うから、一応言語化。
で、本題。
記事にしていて感じたんだけど、私は何かの物事をキッカケに不安スイッチが入る感じ。
そもそも不安スイッチが入りにくい生活をしていれば、多分安定はするだろうけど、不安定な仕事とそれぞれ発達特性のある3人の子育ての予測不能さがある毎日って、基本的に生活は不安定よね。
その生活をやめなければ、環境から不安スイッチはどうしても入りやすい。
それを客観視して不安と常に付き合っていくか、不安の少ない生活にシフトするか。
今の私は、こんなにも不安定ではあるけれど、時間的な余裕をつくったことにより、少し向き合う元気はある。
毎日ヘロヘロではあるけれど、少しずつ自己認識もできるようになってきてる。
それを考慮すると、まぁできる限り自分の不安と向き合ってみて、うまく付き合う方法を確立していきたい気持ちが強いのね。
余裕がなかったら、毎日をほどほどに過ごすために不安に向き合うのは手放して、日々の平和を取ると思うのだけど。
で、言語化してわかってきたことのひとつは、不安という気持ちは脳が作り出している実体のないもので、その不安と現実は別々に存在しているという感覚。
不安だからできない、になりやすいけれど、不安でもいつものことはできるのよ。
ただし、不安と行動を切り離す必要はある。
不安でもいつも通りの行動をする、不安でも不安な感情を言動や行動に表さない、ということ。
不安な感情に振り回されずに行動できれば、いつも通りの生活は可能なの。
逆にいうと、いつも通りの決まった生活がないと、すぐに不安に飲み込まれてしまう。
だから習慣とか、いつも必ずしていること、というのがすごく大事になると思う。
そういう意味では毎日仕事に行く、というのは良かったんだと思うけど、疲れやすいし、不安スイッチが入りやすい環境だと逆効果よね。
そのバランスは難しい。
十分に休める時間があって、仕事をマイペースに安定して遂行できる環境があれば、仕事は習慣としてとてもいいと思う。
私は仕事を減らしたから、その分休む時間も思考の整理をする時間も生まれてよかったんだけど、不安スイッチが入ってしまうと、強固な予定がない状態では動けなくなりやすくて。
ここをうまくコントロールできたらいいんだけど。
脳を使わない時間を作る
何となくだけど、考えると不安って増強する。
ネガティブに引っ張られやすいのは、考える時間をつくってしまうことだと思う。
不安になる→どうにかしようと思う→考える→ネガティブな思考が生まれやすい
という悪循環になるからかな。
そこから脱したくて、noteに言語化し、最後はネガティブで終わらないようにまとめる、という自分ルールを課してコントロールしたつもりだったんだよね。
でもそんなことしてコントロールするよりも、例えば仕事に行って淡々と仕事をこなすとか、頭で考えないですむようないつもの銀行手続きとかで動く方が不安は少し和らぐ気がしたの。
つまり、考えない方がいいってこと。
考えないで行動することが、不安軽減につながりそうな体感があったんだよね。
これは生活の工夫として組み込めそうよね。
考える時間と動く時間を切り離すの。
考えるのはまとめてやって、普段は頭を空っぽにして淡々とその計画通りに行動するだけにする。
例えば、毎日の献立、買い物、自分の行動の時間割。
週末に全部決めてしまって、あとは1週間、それに従って行動すればいいってことにする。
その都度何か感情を抱いたとしても、そのまま受けとめるだけにして(考えたいと思ったらnoteの下書きにメモしておいて)、とりあえずこなす、あとで考えることにしておく。
そんはふうに、横に置いておくことができると思うよね。
だから予定を詰め込みやすかったのか
何にも決まってない時間ができてしまうと、つい考えがちになる、不安を増強させがちになる、という自分の気質に気づいてわかったこと。
私、手持ち無沙汰な時間を極力つくらないように、無意識に行動してたかもしれない。
予定に空白があると不安になりがちで、忙しくなって自分の首を絞めるのわかってるのに、過密にスケジュールを入れてた。
なんで?と思いつつ、あえて何にもやらない日を定期的につくるように仕向けてきたけど、詰め込んじゃうのは不安が増幅しちゃうのを無意識に避けてたのかもね。
何にもない時間を楽しめるというか、心地よく過ごせるような工夫も、もしかしたら必要なのかもしれないよね。
不安に引っ張られないためにも。
ただ、整理したい、考えたい、不安を解消したいという気持ちがあるのも確か。
だから、不安解消タイムは作っておいた方が良くて、私はきっとnoteが合ってると思うんだけど、その時間は客観的に状況を捉え、最後は捉え方をいい方向に転換して、スッキリさせるってちゃんと自分と約束するのがいいよね。
まとめ
うん、なんか具体的になってきた。
どんなふうに日常に仕組み化したり、習慣化したりするかは少しずつ考えていくことにする。
まずはその一歩を踏み出せたこと、自分を褒めようっと。
よく不安と向き合おうって覚悟できたよね。
で、向き合う気持ちがつくれたよね。
ハイ、深呼吸。
上手くいかない現実は、今までと同じやり方では無理だよーっていうサインね。
少しずつ自分に合う生活習慣や仕組みに変えていこう。
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