【前編】日本語教師は試験で何をしているのか
―― 試験前、日本語教師が何をしているかは、あまり知られていない。
「日本語教師って、授業して、テスト作って、採点して終わりですよね?」
そう言われるたびに、私は軽くうなずく。
そして心の中で、静かに訂正する。
――それ、見えてる部分だけです。
いちごショートケーキで言うなら、イチゴだけを見て「おいしそう」と言っているようなものだ。他の部分は、見られていない。
学生にとって試験は「受ける日」だが、教師にとっては数週間かけて作り上げた長編ドラマの最終回だ。
今回は、試験前に日本語教師が何をしているか、その裏側の話をする。
試験問題作成―― 「できた」は、まだスタート
試験問題は、作って終わりではない。むしろ、そこからが始まりだ。
問題を作るとき、教師は同時にいくつものことを考えている。
授業内容と合っているか
難しすぎて学生の心を折らないか
簡単すぎないか
引っかけ問題になっていないか
本当に学習の成果を測れる問題になっているか
図やレイアウトは見やすいか
数時間(あるいは数日)かけて「よし、できた」と思う。
しかし数日後、試験問題のことをすっかり忘れた頃に、改めて見直すと、こうなる。
正解が2つある
問3と問4の答えが同じ
指示文がわかりにくい
合計点がなぜか97点(3点どこ行った)
なぜか「完璧だ」と思った試験ほど、あとからミスが見つかる。
おそらく、作りたてのときは脳が勝手に間違いを補正しているのだろう。時間が経つと、その補正が消える。
教育界の七不思議のひとつである。
試験準備は、もはやイベント運営
試験は「問題を作る」だけで終わらない。
ここからは、完全にイベントの運営フェーズに入る。
試験の形式によって、準備も大きく変わる。
コンピュータ試験
端末チェック
Wi-Fi確認
ログインできない人(ユーザーID/パスワード忘却者)の救済方法
会話試験
録音·録画機材
時間管理(分単位)
順番表(ここが崩れるとすべて崩壊)
ペーパー試験
印刷
部数確認
ホチキス留め
予備の確保(未来のトラブルへの保険)
ここまでくると、教師というより現場責任者に近い。たまにITサポートも兼任する。
「1枚足りません」と言われることもあるので、余分に印刷しておくのも重要な仕事だ。
学期によっては、コンピュータ試験、会話試験、ペーパー試験を並行して準備することもある。しかも、その間も授業は止まらない。自分の頭の中で何が起きているのか、調べたら論文が一本書けそうな気がする。
さらに、教育機関によっては、作成した試験問題に対して内部チェックや外部チェックが入ることもある。
学生対応という、もう一つの仕事
試験前(ときには試験日当日)になると、学生からさまざまな連絡が届く。
熱がある
病院にいる
電車が止まった
家庭の事情
心が挫けた
さらに、シラバスや授業スライドにもはっきり書いてある試験範囲について、なぜかあらためて確認の連絡が来ることも少なくない。
もちろん、本当に深刻な事情による連絡もある。
一方で、なぜか文学賞に応募できそうな文章が届くこともある。読み終わるころには状況より感情のほうが伝わってくる。
ここで問われるのは、日本語教育の専門知識ではない。
判断力と人生経験である。
再試験を認めればどうなるか。
学生にとっては救済措置。
教師にとっては――
新しいイベントの開催が決定するだけである。
(参加者が少なくても、準備は変わらない)
ここまで準備して、ようやく試験当日を迎える。
教室に立つ教師は、ただ静かに学生を見守っているように見えるかもしれない。
しかし実際には、その場で複数のトラブルと未来予測を同時に処理している。
次回は、その静かな戦場の話をする。
