終戦記念日に左足骨折(全治四か月)を振り返ってみる
お久しぶりです!
前回記事からだいぶ時間が空いてしまいましたが、見事骨折しており生活に精一杯だったのでご容赦ください😣
さて、世の中は帰省Uターンの真っただ中。
新幹線や渋滞中の車の中で夏の思い出を振り返りつつ、8月ももう折り返し地点か……なんて、ちょっぴり切ない気持ちになる方もいらっしゃるのではと思います。
私にとって、今年の夏の思い出といえばまずは骨折(笑)
ということで、6月から始まった骨折日和を簡単に振り返ってみようと思います。
これから人生のどこかで折れる予定(?)の皆さんの参考になれば嬉しいです。
1 やっぱり折れてた!
※経緯は前回記事をご覧ください。
6月のある日曜日の夜。自宅で足を捻った私はあまりの激痛に思わず床にうずくまり、涙がこぼれたのでした♪
で、その翌日の話。
あまりの痛さにうずくまって泣いたときからいや~~な予感がしていましたが、翌朝駆け込んだ病院でレントゲンを見た先生の第一声
「あ~、見事に折れてますね。全治3~4か月ですね」
……ガーン!!
……小説の関係で行きたい場所も、会いたかった人も色々いたのに。
この体で仕事や家事云々をどうしよう?……という現実の問題より、ここ数カ月の予定が全部吹っ飛ぶのを考えると悲しくて仕方なかったです。
そしてとにかく足が痛い!!嫌な感じでずきずきが止まらない。
先生と一緒にまじまじと患部を眺めると、折れていない右足と比較して倍くらいの厚みとゾンビの皮膚ような色合いになっている。ひえぇ~。
私の骨折箇所は昔の人が下駄を履いた時にひねって骨折するので「下駄骨折」と言うそうな。ヒール靴を履けるのは秋口と言われ
「そこまでヒール履けないんですか?」
と悲痛な声を上げる私に
「いやいや、ヒールどころかあと数ミリずれていたら手術だし、四か月じゃ済まなかったからね。不幸中の幸いだよ、ほんと」
と冷静に一刀両断の主治医。骨がくっつくのは約1~2カ月先であり、それまでは松葉杖生活とのこと。
私は過去に熱中症で倒れた経験があること、痛みが強いこと、梅雨かつ蒸し暑い気候の中、松葉杖で混雑した電車での通勤は危険ーーということでドクターストップがかかり即日、休職に。通勤どころか、この後数日はどうやって生活していこう?と思うレベルで足が痛かったので休みはありがたかったです。
病院の松葉杖を長期で借り受け、松葉杖での歩き方を習いその日は終了。タクシーを病院の入り口まで呼んで帰りました。
その時は思っていなかったんです。そのあと待ち受ける松葉杖生活が、ここまで大変とは……。
2 嗚呼、苦難の松葉杖生活
骨折生活の中で断トツで大変だったのが「松葉杖での外出」でした。
なにせ季節は梅雨で、連日の雨。我が家は坂の途中にあり、雨脚が強い日は目の前の坂を猛烈な勢いで水が流れます。最寄りのバス停は坂の下。
……え、この中を定期通院しろと?
……連日、家族の送り迎えをしろと?
ぞっとしました。タクシーに乗れば楽ですが、すべてをタクシー生活なら一体いくらになるの?
まだ骨がくっつくのは先の先。それまでにもし変なずれ方をしたら手術になってしまうらしく「松葉杖で転ばないようにね」と注意され歩行にとても気を使います。骨折した左足を床に付けることはできないため、松葉杖をつく脇も肩も酷使して歩くととても疲れる。さすがにある程度はタクシーを使いましたが(タクシーって有難いサービスですね……!)、まかないきれない分は送迎を家族や友人に頼んだり、雨に打たれながら自力で行ったりしました。リュックを持つと歩行した時のバランスがとりづらく、斜めがけバッグだと軽くても歩くたびにぶらぶらと揺れて気持ち悪く、いつもなら「なんの気兼ねもせずに行ける距離」がこんなにも歯がゆく遠いものになるとは思いませんでした。
住んでいる住宅街はいいものの、最寄り駅の街は人が多く、松葉杖で歩いているとぶつかったり踏まれそうになり怖かったです。
そしてまあ、段差の多いこと……ほんの数センチの段差も松葉杖だとやりづらく(その後少し慣れましたが)、進行方向に階段を見つけるとどんよりな気持ちに。そう、階段は松葉杖族にとっては曲者。我が家の玄関前にたった一段の階段があるのですが、ようやく家にたどり着いた疲れた体でその一段を上るのは思いのほか辛く、いつもそこで松葉杖を横に置き、這いつくばってドアを開け中に滑り込んでいました。
なんとか数週間先の学会に出たいものだなあと思っていたものの、こんな状況で混雑した電車に乗るのは恐ろしく、しかも無事到着したところで広い会場を移動するのも難しいと思い、断念。その他の1~2カ月先の予定もすべてキャンセル。
仕事柄、車いすの介助の話はよく出るのですが、そもそも街で松葉杖の方ってあんまり見かけないなあ……と思っていました。が、自分が松葉杖を体験することで腑に落ちた気がします。
不便すぎる!!!そして疲れる!!!だから松葉杖が取れるまで余計な外出は絶対したくない!!!
3 骨折の神・キャスター椅子
さて、家の中でも松葉杖生活かと言えば、実はそんなことはなく。
実は、神アイテム「キャスター付き椅子」を二客買って一階と二階にそれぞれ戦闘配備しました。これでフローリングの上をスイスイ進めます。
安いのを買えば数千円。超お勧めなので、骨折した方は是非ご検討してみてください。
お風呂などキャスター付きの椅子が使えない場所については……
①這いつくばる②片足でケンケン③膝歩き で乗り切りました。
しかし、それだとやや安定が悪いので、ケンケンするとき用として杖を一本購入し、そこに四つ足のゴム製足(そんなのがあるのですよ)を取りつけて
使用しました。
便利でありがたいキャスター椅子ですが、当たり前ですが椅子に座って手を伸ばせる範囲のモノしか取れません。じゃあ立てばいいじゃん、と思うところですが、そもそも不安定な片足で踏ん張りモノを取る、ということ自体がかなり危険でした(乾燥機の中のモノを取るため一度バランスを崩し、危なかったです)。上の方にある棚や洗濯乾燥機、冷蔵庫の上の棚……普段何気なく背伸びして取っているものが「取れない」「入れられない」というのはなんて不便なんだろうかと痛感しました。断捨離をして、全部自分の手の取れる範囲に配備しなおしたいのですが、そもそもモノを自由に取れないので、断捨離ができない!私は気付きましたとも。
断捨離とは、身体が(そして心も)が元気な時でないとできないことに!
「這いつくばり&ケンケン&膝歩き生活」は身体に意外な余波もありました。まず、這いつくばっ足り膝立ちで移動をしていると両ひざが痛くなり、介護用の膝サポーターを購入。また、ケンケンで移動すると主軸としている右足首がひどく痛くなり、このまま続けているとマズそうだったので一定期間片足立ちを自分に禁じました。
このように松葉杖が取れる1か月ちょいの間、上記のような工夫をしつつ、日々の家事をし、ネットショップを駆使してなんとかご飯を作っていたようです。
「ようです」というのは、大変すぎて何を食べていたのか全く記憶がありません(笑)別件で難しいことも重なり精神的にもきつく「これは来るべき老後への予行演習なんだ、先取りをしちゃった私は老後が楽勝なんだ」と暗示のように胸の中で繰り返せど、全く気分は上がらず。生活するのに精いっぱいで、雨の中を危険な街中に出ていきリフレッシュする気にもなれず、閉塞感で一杯のなかなか厳しい日々でした。
4 ついに松葉杖が取れた……!
それは松葉杖生活が1か月ほど続いたある日の病院の出来事。
3時間待ちの順番がようやく呼ばれた診察室で、レントゲンの写真を医師と覗き込むと、なんか……ちょっとましになっている?!
「まだ完全にくっついてはいないけど、変なくっつき方もしていないし、順調だね。松葉杖はもう使わなくてもいいよ」との声で無事、松葉杖卒業!
この嬉しさといったらなかったです。
早速、歩行のリハビリが始まりました。
ところが「歩くってこんなだっけ?」と自分でもびっくりするくらい意外とうまくいかない。
まず脚に体重を乗せるのが難しく、ぐらぐら倒れそうになる。足裏を床に付けるのもおっかなびっくりで、しかもなんだかびりびりする。なぜ?!聞けば「長い間歩行してないと足裏の皮膚が薄くなる」そう。そしてよく見れば骨折した左足の方が右足よりいびつに細い!びっくり!
以前、医療関係者の知人から聞いた「高齢の方が骨折すると、筋肉が落ちて歩けなくなる可能性があってね。そうなると寝たきり一直線で結構まずいんだよ」という言葉が思い出されました。
今後は毎日足の指や足首の運動をすることと、少しずつ足裏をつけて歩くようにするように言われ、その日は病院を後にしました。今後の通院は二週間に一度。今までの一週間に一度から間隔があくようになったこと、まだ歩行は不自由なものの松葉杖でなくていい、ということが本当に嬉しかったです。
5 待ち望んでいた杖生活
さて、松葉杖を卒業した私は、ついに憧れの杖生活になりました。家の中で使っていたあの四つ足の杖が、今度はお外デビューするわけです。四つ足かどうかで、歩行の安定性は格段にアップします。特に坂道や雨などで足元が濡れている時は安心です。見た目のかっこよさは減りますが、四つ足をつけるのはおすすめですよ!自分が年取った時は、お気に入りの杖に投資しようと思いました。
さて、高齢者ではない私が杖をついてよたよた歩いている姿は「明らかに怪我してる」とわかる松葉杖姿よりも奇異なようで、街を歩くと結構視線を感じました。松葉杖がとれたとはいえ、まだまだ歩行は安定せず、角度によっては痛みが生じます。「走れ」と言われたって走れません。そんなわけで「信号がない横断歩道で向こうから車がやってきた」とか「信号のある横断歩道を歩行中に、信号機が点滅し始めた」などのシチュエーションはかなり焦りました。その他にも、街を歩くことで色々な気づきがありました。たとえばバス。たかだか乗降口のわずかな段差ですが、ノンステップバスのありがたさを感じました。駅などの公共施設、デパートなどの商業施設はエレベーターとエスカレータを探して乗ります。その隣の階段を駆け下りたら楽なのに……と思いつつ、階段で下まで降りる気力はない。疲れるので、時々ベンチなどで休憩を挟まないとつらい。カフェに避難しなくてもいい、フリーで座れる場所の多い商業施設はありがたかったです。極力家の中にいて歩行しない生活は、思った以上に体力を削ぐものなんだなと痛感しました。
6 杖卒業、そしてむくみよこんにちは
その日は突然やってきました。ぎこちない歩行が随分スムーズになってきているのは感じていましたが、毎朝足がしびれること、時折痛みが走ること、うまく着地できていないことを感じていたので杖生活を継続していた私。
ところがある朝、朝から痛みもない。
なんかいけそう?ということで杖なしで坂の下のドラックストアまで行ってみました。
そうしたら長い坂の往復も行ける!ふらつかない!痛くない!やった!
……ということで、いきなり杖生活が終了になりました。
ただし、めでたしめでたし……にすぐにならないのが人生と言うもの。
お風呂の際に改めて自分の両足を眺めると、ぞっとするほどむくんでいる。
「どうするの、このむくみ?」
というむくみとの仁義なき戦いがこれから始まるのですが、とりあえず歩行できるようになったのでここまでとします。
なので、総括として全力で叫びます。
二度と骨折なんかしたくない!!!!!!!
7 最後に、終戦記念日に往時の骨折を考える
さて、折しも今日は終戦記念日。
このnoteは帝国陸軍将校を書きたい三笠のカヲルの記事なので、最後に往時の骨折した将兵に思いを馳せて締めることにします。
戦場での負傷と言えば、
撃たれた!刺された!砲撃された!……みたいなのがまずは頭に浮かびますが、当然「骨折した!」もあるわけで。
派手に血が出たり体の一部が吹き飛んだりして、その瞬間に命が危なくなる、という種類の負傷ではないけれど、泣くほど痛いことを私は身をもって学びました。
そして当然ながら、後方に下がるまで松葉杖的なものはもらえない。応急処置でその場で添え木を作ったり、部隊が機能していれば誰かが担いで連れていくのでしょうけれど、皆が負傷となったらそうもいかず、きっと歯を食いしばって這っていったのかと。それが凍てつく北満だったり、山岳地帯だったり、増水した川のある地域だったら辛いなあ……。途中で脱落した方も多かったことでしょう。自分の見た目は負傷していないから一見元気そうに見えるのに、実態は痛くてたまらず満足に動けない。さぞ悔しかったろうな、と思います。
先の大戦で亡くなったすべての方に祈りを捧げつつーーーーもう二度と骨折したくない!!少なくとも足は嫌だ!!という叫びと共にこの記事を終わります。
夏もそろそろ折り返し地点、みなさん良い土日を過ごされますように!😆

