【風燕伝】これが分かればストーリーをもっと楽しめる!!時代背景と用語の解説
こんにちは。風燕伝にドハマりした歴史オタクです。
ストーリーについて「漢字が多くて読めない」「歴史が苦手で話がよく分からない」という感想をちょくちょく見かけるので、これを押さえとけばもっと理解が進むよ!という解説を書いてみました。
個人的に今まで遊んだ歴史ゲームの中でも風燕伝はシナリオがダントツのクオリティだと感じていて、すごーーーく感激したものの舞台となった五代十国時代のマイナーさと翻訳がアレな都合上、ストーリーの出来に触れているレビューをほとんど見かけなくて悔しい…!
ただ、日本ではあまり馴染みのない用語や概念について特に解説が入らずに進んでいってしまうので、普段から中国史に触れている人でないと理解が追い付かないのも当然だと思います。
これを機に風燕伝のストーリーの良さみを感じてくれるプレーヤーが一人でも増えれば幸いです。
※筆者は中国史専門ではないので間違いを含む可能性があります
※歴史にあまり詳しくない人向けの解説なので、分かりやすくするために話を省略したり学術的に正確でない言葉遣いをしている部分があります
【風燕伝の前日譚~唐と異民族~】
風燕伝の物語は「宋初、建隆三年」西暦に直すと962年が舞台。
これは「宋」という王朝が始まって最初の元号の3年目ということになります。
宋と言われてもマイナーなのでイメージが掴みにくいですが、一体どんな時代なのか。分かりやすく言うと「唐」が滅びて50年ほど戦国の世が続いた後にやっと国が統一され新しい皇帝が立った。という状況です。
唐については歴史が苦手な人でも何となくイメージがつくでしょう。古代中国の中で最も繁栄し、シルクロードを通じてあらゆる文物が行きかった大帝国です。
日本はそのころ平安時代。平城京から平安京への遷都が行われ、唐へは僧侶や学者を乗せた遣唐使が送られました。
平安時代といっても実は400年ほどあってメッチャ長いんですが、風燕伝の時代はちょうど藤原道長や紫式部が生まれたあたり(生まれる数年前)。
そして安倍晴明がまさに現役バリバリで大活躍していた時期でもあります。
そう考えると今まで創作物であまり取り上げられなかったのが不思議なくらいネタの宝庫な時代ですよね。
唐という大帝国の特徴の一つに「グローバル国家」とか「国際社会」みたいな言葉が使われることが多いんですが、これはどういうことかというと漢人(いわゆる中国人)だけでなく、外国人の移住を受け入れており、外国人の公務員への採用も積極的に行っていました。先ほど挙げた遣唐使の中でも、日本から遣唐使船に乗って唐へ渡り、そのまま唐で官僚になった日本人がいます。
日本や朝鮮だけでなく、中東系の人やモンゴル系の人なども唐王朝で軍人や官僚として働き暮らしていました。
フーンって思いがちだけど、今でいうなら霞が関の財務省とか総務省で働く国家公務員に優秀なトルコ人や中国人をヘッドハンティングしてきて採用するようなもので、グローバル化の進め方としては大胆ですごくないですか!?
このように多様な文化・価値観のスタッフを国の中枢に揃え、中国のみならずアジア全域からの情報網、人脈を構築したことで大帝国として発展した唐ですが、それが仇となります。
唐王朝が最盛期を迎えた玄宗皇帝と楊貴妃の時代、「安史の乱」という反乱がおきました。
これは安禄山と史思明という二人の人間が結託して起こした反乱なので姓をとって安史と呼ぶわけですが、実はこの二人、純粋な漢人(中国人)ではなく異民族でした。
例えるなら日本に移住したパトリックさんが利便性のために「羽飛陸」と表記するとか、トムさんが「叶夢」と表記するようなもので、当時の唐では外国人でも漢語での名前の表記をしていました。
つまり、この反乱の首謀者である安禄山とは彼の本名ではなく、禄山が本来の名なのです。ロクシャンは皇帝に重用されていた有能な軍人でしたが現在で言うウズベキスタンの出身で、両親も純粋な漢人ではなくトルコ系の異民族でした。
禄山一味は周辺の外国系官僚や外国系軍人を取り込んで10数万の兵力を組織し、洛陽を陥落させました。なんやかんやでこの反乱は鎮圧されますが、唐王朝の威信は大きく傷つき、そして各地に根を張る異民族コミュニティが力を付けるきっかけとなっていきます。
このような背景があって唐が滅亡し、皇帝というまとめ役を失った強大な国際帝国は様々な民族コミュニティに分裂しました。
これがいわゆる「五代十国時代」といわれる戦国時代の始まりです。
唐の滅亡を具体的にいつとするのかは諸説ありますが、一般的には907年、そして宋の建国を960年とすると907~960年の53年間が戦国の世であったことになります。
戦国時代なんて言い方をすると結構長く続いたような感じがしますが、上に書いたように53年。今よりもずっと平均寿命の短い時代ですが、長生きな人だったらギリギリ唐の最後らへんに幼少期を過ごしていて、青年期に戦乱の時代を生き抜き、老年になったころ宋の建国を見たのかもしれません…

ちょっと記憶が怪しいけど人の良い亀ばあちゃん

戦に出た息子が帰ってきた時のために銭を溜めているようです

ばあちゃんが大事に持っていたのは天福元宝、930年代に鋳造されました。今は962年ですから30年以上昔の古銭です。

息子さんが家を出た時からばあちゃんの時間は止まったままだったのに



30年経っても帰らない息子…気づいてしまった
【新王朝「宋」が置かれた状況】
宋という新王朝が建国するまでの中国大陸がどのような環境におかれてきたのかを解説してきましたが、もう少し詳しく見て行きましょう。
「万里の長城」という言葉を聞いたことがあると思います。
古代中国で敵の侵入を防ぐために築かれた長い城壁です。
では、その「敵」とは具体的にどこから来る何のことでしょうか
こちらは万里の長城の地図です。実は万里の長城は1000年以上かけて様々な王朝の人たちがコツコツと増改築を重ねて作ってきたものなので、一つではなく、朽ちて崩れてしまったもの、再建されたもの、放棄されたものなど4万箇所以上(!)の遺構が存在します。
現代でも新たに発掘で見つかって増えたりしているので「ここ」と指しにくいのですが、ざっくりと見てみると中国の北辺…現在で言うモンゴルとの境界エリアに作られている、という傾向は分かると思います。

"File:Map of the Great Wall of China.jpg" by Maximilian Dörrbecker (Chumwa) CC BY-SA 2.5
現在で言う中国とモンゴルの国境付近のエリアは古来より騎馬民族vs漢民族(いわゆる中国人)との争いが絶えない地域でした。
私たち日本人は島国ですから基本的にずっと同じエリアに同じ民族が住み続けてきたわけですが、大陸ではそうはいきません。
異なる顔立ち、異なる言語、異なる文化の異民族と領土の奪い合いをしながら生きなければならないのです。
大陸には大きい集団から小さい集団まで様々な部族・民族がひしめきあっていました。文字を持たなかったもの、現代では完全に滅亡してしまったものなども多いため、記録に残っていなかったりはっきりと実体が分からなかったりするのですが、その中でも中国の歴史において大きな脅威となった異民族たちが記録されています。いくつか挙げてみましょう。
匈奴
回鶻
突厥
吐蕃
契丹
ウイグルとチベットは現在でも残っている民族なので聞いたことがあるかもしれません。
彼らのルーツは様々で、今でいうモンゴル系の人々だったり、中東系、トルコ系の見た目をしていたようです。(上述の通り、完全に滅んでしまった民族については史書の記述や遺跡の発掘から推測するしかないため、実際の血統や使っていた言語についてはっきりと分かっていません)
このような異民族たちが1000年以上にわたって北西部から度々侵入し、領土や領民を奪いました。それに対抗するために築かれたのが万里の長城なのです。

勘の良い方は察してきたかもしれません。ここまでに説明してきた、唐がグローバル国家として栄え、外国人官僚を登用して繁栄を築いたことも、安史の乱により凋落していったこともこの流れの中にあります。
古代より異民族との争いが絶えないエリア
↓
異民族の侵入を防ぐため歴代の王朝が万里の長城を築く
↓
それらを引き継いだ唐王朝では異民族との戦いをやめ、逆に同盟を組み様々な民族から外国人移民を受け入れて大発展する
↓
しかし、まとめきれなかった異民族たちが結束して反乱を起こし帝国の弱体化へ
↓
唐が崩壊し50年続く戦国時代が始まる
↓
やっと新しい王朝「宋」ができる(今ここ)
風燕伝の世界では「15年前に契丹人が攻めてきた」というような話をあちこちで耳にします。

唐が滅びた後、いくつかの王朝が立ちましたがどれも皇帝がすぐに病死したり反乱を起こされたりしてころころと変わり、十年足らずで滅亡してはまた次の王朝が立つということを繰り返しました。
後晋という王朝があった946年に契丹人が開封を占領し二代目にして最後の皇帝を捕虜にしています。

風燕伝の舞台である962年から大体15年前のことなので、作中で語られている開封への契丹の侵攻とはこの史実を指すのでしょう。
【失った国土「燕雲十六州」】
話がだんだんと核心へ近づいてきました。
さて、この「風燕伝」という作品、βテストでは「燕雲十六声」というタイトルだったものが正式リリースにあたり現在のタイトルに変更されたようです。
実は本国版ではちゃんと「燕云十六声」(云=雲の簡体字)のままで、日本人には覚えにくいとか読みにくいだろ的な理由で日本語版のタイトルを変えたんじゃないかなと思います。

では本来のタイトルである燕雲十六声とはどういう意味が込められた名前なのか。
先ほど後晋という王朝があった946年…つまりゲームの時間軸で言う15年前に契丹人が攻めて来てが開封を占領し皇帝を捕虜にしたと書きましたが、実はこの王朝の時代、開封を占領されるだけでは済んでいません。
ガッツリ国土を奪われてしまいました。奪われたというか、正確に言うと「この土地を差し上げるので助けて下さぁーい!」と献上してしまいました。皇帝ちゃんとして
それが「燕雲十六州」と呼ばれる16の州です。燕京から雲州までなのでまとめて燕雲としているわけです。
分かりやすくするために地図を作ってみました。
青いピンで表示されているのが奪われた16州

オレンジのピンが我々のホームである開封府。紺色のピンが敵の本拠地、契丹が都とした臨潢府
中国がクソでかすぎていまいち大きさがピンときませんが、地図内にある同じ縮尺の日本と比べると東京〜大阪間がすっぽり入るくらいのエリアが丸ごと外国人の土地になってしまったわけです。
※契丹人は遊牧民なので一か所に定住せず複数の都市を都として移動していましたが、分かりやすさのため最も中心的だった臨潢府を例にします。
もっと拡大します。こうすると分かりやすいと思います。
唐とその領土を受け継ぐ後晋は本来ならばこの16州のエリアが領土の北限だったのですが、ここが15年前に北からやってきた契丹の領土とされてしまいました。

ゲーム内に目を向けてみると、豊作村は最近になって開拓された新しい集落であり、その住民たちは他の場所から移住してきたようです…


彼らの言う北伐とは文字通り北へ討伐に向かうこと…。
おそらく元々は燕雲十六州の住民で、契丹人に追われて開封近郊まで逃げてきたものの故郷の奪還を諦めていないのでしょう。


亀ばあちゃんの家には戦に出たきり戻らない息子からの手紙がありました。

【用語解説:江湖】
江湖というのは中国エンタメではなかなかに頻出な概念なのですが、実はこれ特定の地名ではありません。元々は湖南省の長江と洞庭湖を指す言葉でしたが、それが転じて「任侠の世界」…俗世間から離れた隠者や武人たちの世界というような意味で使われます。
つまりどういうこと?文字で説明するより見てもらった方が早い。
こういう感じです。こういう感じの世界を「江湖」って言うんです。

"File:1 tianzishan wulingyuan zhangjiajie 2012.jpg" by chensiyuan CC BY-SA 4.0

"File:漓江山水.jpg" by Charlie fong PDM
イメージ湧きました?
「ハワイ行きて~」のハワイがアメリカ合衆国の州名のことではなく「労働から離れてだらだらと気ままに過ごせる楽園世界」の意味で使われるのと同じで、江湖はこのような景色の土地が転じて「俗世間から離れた隠者や武人たちが、何にも縛られずに己の腕一本で生きる世界」の意味で使われる言葉になったわけです。
(読まなくていい補足)実は中国って北と南で世界が違いすぎるんですね。これは地形を表示したマップなんですが、北京・天津・河南・河北など上の方は起伏が無く平らなのに対して、福建・湖南・深圳など下の方はシワだらけの山岳地帯であることが分かると思います。

平らな北部を中原とか華北平原なんて言うんですが、まさに風燕伝の舞台となった開封もこのエリア。要は広大な平野で乾燥していて茶色っぽくて寒くていかにも騎馬民族が攻めてきそうで、洛陽とか北京とか、古来より幾度となく戦乱の舞台となり歴史の舞台となってきたエリア。日本で言うと関東平野みたいな?

"File:NorthChinaPlain.jpg" by Fanghong CC BY-SA 3.0
それに対する南部が先ほど例に挙げた「江湖」にイメージされるエリアで、山と川が深く温暖で湿潤で雨と霧に隠れた地域。
こちらは山が険しすぎるために攻めることが難しく、また人の住める平地も限られていたために中原にある洛陽・長安・開封・北京のような大都市はあまりたくさん発展せず、外の世界との交流も控えめで、近代になるまで長く大きな戦がありませんでした。(※全くなかったわけではないけど華北と比べたら相当マシって意味)
その為、古代の文化や伝説が破壊されることなく数千年も残り続けたことで幻想ファンタジーの題材としてとても好まれるようになりました。
元はこの地域を表す言葉だった「江湖」が武侠の理想世界として使われるようになったのも、そんな幻想的な憧れから来るものなんでしょうね…。日本で言うと長野の戸隠とか岩手の遠野みたいな感じですかね。
【用語解説:侠客】
強きを挫き、弱きを助け、義侠心をもって人の窮境を救う武人のこと。
侠客というのは日本でも清水の次郎長とかヤクザ者を表す言葉として使われますが、似てるような同じではないような微妙に難しい言葉です。
少なくとも中国では「暴〇団」の使い方はしません。
役人でも軍人でもなく、誰かに命令されたわけでなく、自分自身の意志で何かの目的のために戦う人、という説明がいいのかなと思います。要は「江湖の人」です。


【用語解説:江南国】
忘仙郷の襲撃をはじめ、各地で暗躍している怪しい連中。許せねえ…
これは恐らくこのゲームのオリジナル設定であり正式に江南国と名乗った王朝はないと思いますが、おそらくモデルは江南地方の南唐でしょうか。江南地方というのは先ほど江湖のモデルとして説明した地域のこと。要は主人公陣営が中国北部の人間であるのに対して、中国南部のことですね。
南唐は唐とついてますがあの唐帝国とは別物で「我こそは唐の正統な後継者だぞー!」と自称した王朝。現代の地名で言うと福建省のあたりです。

【用語解説:汴州】
たまに出てくる表現。開封の別名のことです。
開封には別名がいくつかあり、汴京とか東京とも呼ばれます。日本の首都と被っててちょっと面白いけど、北京があって南京があるならそりゃ東京もありますよね。

【用語解説:未央城と東宮公子】
温無缺(またの名を東宮公子)という権力者が住んでいたのが未央城だけど何かが起こって彼がその座を追われ、いろいろきな臭いことになっている様子…?
たぶんゲームのオリジナル設定です。
ちなみに「城」は日本語ではキャッスルの意味ですが中国語ではシティの意味なので、そのまま解釈すれば未央城とは都市の名前、もしくはそこにいる勢力のことを指すと思われます。
未央城という施設や地名は自分が調べた範囲内では史実で見つけられなかったのですが、「未央宮」という遺跡は実在しており、ゲーム時空より800年以上前の紀元前200年ごろに皇帝の宮殿として使われていました。
「東宮公子」は皇太子とか高貴な地位の子息を表す言葉なので、なんとなくこの辺りをモチーフにした設定なのかな?
現時点では分からないことばかりですがこれからの展開に期待。

【用語解説:…ではないのですが】
最後にちょっとだけ。解説に使った地図で開封の場所(オレンジのピン)を示しました。
「アレ、開封って結構内陸だな…」と思った方もいるかもしれません。

こちらは中国の河川を描いた地図なのですが、赤い星マークが開封です。

そう、世界有数の大河「黄河」のほとりにあるのが開封なのです。

実際にこの時代の都市は元々あった黄河から都まで運河を引いて物流の導線を作っていたらしい。すごい工事…


【おわりに】
簡単にまとめるつもりが、想像以上に長くなってしまいこれほんとに初心者の人が読んで理解できるか??と思うのですが、自分の思考の整理もかねて情報をまとめ直すのはとても楽しかったです。
それではみなさん良い江湖ライフを!
続きはこちら→【風燕伝】これが分ればストーリーをもっと楽しめる!時代背景と用語の解説2【河西編】
