2日目:ロンセスバリェス修道院Real Colegiata de Santa María de Roncesvalles/ピレネー山脈縦横断記#05
翌朝、朝食の時、パンとチーズを前にして、僕はナバラ王国の話をした。
「昨日、ナバラ王国が七世紀ごろに起きたという話をしたよね」
アイトールが頷く。
「ナバラの起こりは、ピレネー西部に暮らしたバスク人の部族が、カロリング朝フランクやムスリムの勢力とせめぎ合うなかでまとまっていったことに始まる。八世紀の終わりにシャルルマーニュがこの峠を越えて進軍し、ロンスヴォーで打ち破られたことは有名だけど、あの戦いもまた土地の自立心を強めるきっかけになった。
九世紀になると、パンプローナを中心にした王権が生まれ、バスクの諸部族を糾合するようになる。それがナバラ王国の核になったんだ。十世紀にはサンチョ一世やガルシア一世といった王たちが周辺に勢力を広げ、一時はレオンやカスティーリャとも肩を並べるほどの存在になった。でも、十一世紀に入ると内紛や外圧で力を失い、領土も分裂しはじめる」
僕はカップを置いて言葉を継いだ。
「十二世紀のはじめ、ついにナバラはアラゴンに併合されて、独自の王を失った。それが再び独立を取り戻すのは、一一三四年にアラゴン王アルフォンソ一世が後継を残さず死んだときだ。ナバラの貴族たちはガルシア・ラミレスを王に推し立てて、国を再建した。けれど国力は弱く、周囲の大国に挟まれて揺れていたんだ」
アイトールはパンを置いて、じっと僕を見た。
「彼は遺言で領土をすべて軍事修道会に譲ると書き残したから、アラゴンもカスティーリャも巻き込んだ大混乱になった。それでもナバラの貴族たちは自分たちの独立を守ろうとして、ガルシア・ラミレスという人物を王に選び、再び王国を立て直したんだよ」
アイトールがカップを置いて、少し身を乗り出した。
「じゃあ、ナバラはこの時にやっと独立を取り戻したんですね」
「そう。けれど国力は弱く、南にはカスティーリャ、西と東にはアラゴンがあって、いつも圧迫を受けていた。特にこのピレネーの峠は軍事と巡礼の両方の通路で、治安が悪く、雪や霧で命を落とす巡礼者も多かった。だから新しく即位したガルシア・ラミレスは、この峠に巡礼者を守る拠点を置こうと考えた。これがロンセスバリェスに参事会をつくり、やがて大聖堂の建立へとつながっていったんだ」
アイトールはパンを置き、身を乗り出してきた。
「守るために建てられたんですね」
「そう。そして十三世紀に入ると、もう一人の重要な王が現れる。サンチョ七世だ。彼は『勇壮王』と呼ばれ、一二一二年のナバーズ・デ・トロサの戦いで突撃して勝利を決定づけた。王国にとって誇りそのものの人物だった。彼は自らの墓所をこのロンセスバリェスに定めたことで、大聖堂の建設は一気に進んだ。フランス北部の影響を受けた早期ゴシック様式で聖堂が築かれ、一二一九年に聖母マリアへ奉献された。
つまり、巡礼者を守る施設として始まったものが、やがて王国の威信を象徴する大聖堂へと発展したわけだ」
アイトールは深くうなずいた。
「その王の墓は、修道院の回廊に接したサン・アグスティン礼拝堂にあるんだ。大きな石棺が置かれていて、側面には鎖の彫刻が刻まれている。あれは一二一二年、ナバーズ・デ・トロサの戦いでサンチョ七世がムワッヒド軍の陣営を突き破ったときに奪った戦利品を象徴しているんだよ。
つまり彼の墓は、国境の峠を越える巡礼の道そのものに面しているわけだ。巡礼者がここを通るたびに、王の記憶と聖母の守護を同時に目にすることになる。峠を守る場所に王が眠るというのは、この土地がただの通過点じゃなく、国と信仰の象徴だったことを示しているんだ」
僕はカップを置き、窓の外の霧を見た。アイトールは黙ってうなずき、しばらくして小さな声で言った。
「だから今でも、あの修道院に立つと何か重さを感じるんですね」
朝食を終えて外に出ると、谷にはまだ薄い霧が残っていた。石畳を踏みしめ、修道院の尖塔へと歩みを進める。鐘の音が山に反響し、巡礼者の列が静かに境内へ入っていくのが見えた。
聖堂の扉を押し開けると、冷気が肌に触れた。内部は高い交差リブが空を支えているようで、彩光の差す窓から青白い光が降りていた。正面祭壇の前には巡礼者が膝をつき、銀装の「ロンセスバリェスの聖母」が彼らの祈りを受け止めていた。
回廊へと足を運ぶと、そこに接してサン・アグスティン礼拝堂が口を開いていた。重い石の柱を抜けると、中央に大きな石棺が置かれていた。
「これがサンチョ七世の墓だよ」僕は小声でアイトールに告げた。
石棺の側面には、鎖を象った装飾がはっきりと刻まれていた。ナバーズ・デ・トロサで王が敵陣を突き崩し、奪った鎖を記念に残したという伝承を思い起こす。巡礼者の列がこの前で立ち止まり、ひとりは手を合わせ、もうひとりは鎖の浮き彫りにそっと指先を触れていた。
峠を越える道に眠る王、その墓を囲む祈り。ここでは政治と信仰が混じり合い、国境の石に刻まれた歴史が、いまも息づいているように感じられた。
アイトールは長く石棺を見つめていた。そして小さくうなずき、僕に向かってささやいた。
「本当に、この土地の道と歴史はひとつなんですね」
僕は視線を石棺から回廊へ移し、冷たい空気を胸いっぱいに吸い込んだ。外の霧は薄れ、巡礼者たちの姿が再び峠の方へと消えていった。
サン・アグスティン礼拝堂を後にして回廊を歩くと、石の床に靴音が反響し、静けさの中に自分の存在だけが際立った。角を曲がった先に、小さな礼拝堂が姿を現した。
ひとつは聖霊礼拝堂(Capilla del Espíritu Santo)。十二世紀に建てられたこの小堂は、かつて巡礼の途中で亡くなった人々を葬る納骨堂だった。石造りの天井は低く、湿り気を帯びた空気の中に蝋燭の匂いが漂っている。壁際には古びた石棺が並び、無名の巡礼者の祈りと死がいまも静かに眠っていた。僕は立ち止まり、アイトールとともにその空間の重さを感じた。ここでは国王も無名の旅人も同じ土に還るのだ、と。
次に訪れたのはサンティアゴ礼拝堂(Capilla de Santiago)。小さなゴシックの尖塔を持つこの堂は、巡礼者の守護聖人ヤコブに捧げられている。入口の石彫にはホタテ貝の意匠が刻まれていて、サンティアゴの象徴が鮮やかに目に入った。中には、杖を携えマントを羽織ったサンティアゴ像が立ち、巡礼者の歩みを祝福するように両腕を広げていた。ベンチに腰掛けた若い巡礼者が背中のリュックを降ろし、長い旅の続きに向けて静かに目を閉じていた。
修道院の中庭へ戻ると、白い光が霧を透かして差し込んでいた。巡礼者たちはそれぞれの小堂を巡り、ある者は祈り、ある者はただ石壁に手を触れていた。王の墓、無名の巡礼者の納骨堂、そしてサンティアゴの象徴。その三つが並ぶことで、この谷間の修道院は「出発と終着」「記憶と救済」を同時に抱える場所になっているのだと、僕は強く感じた。
アイトールは中庭の石のベンチに腰を下ろし、しばらく言葉を発しなかった。やがて顔を上げて僕に視線を向けた。
「ここを通る巡礼者は、きっとみんな心に何かを残して行くんでしょうね」
僕は頷き、遠く峠へ向かう小さな列を見送った。
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無くてもいいような話ばかりなんですが・・知ってると少しはタメになるようなことを綴ってみました