『古墳時代の北極星を追え』第30話:凍川の地のこれから
次に二人が訪れたのは、本拠地であった『凍川大社』の跡地だった。
そこは、半年前の崩壊によって最も激しい被害を受けた場所だったが、現在は周囲に強固な仮囲いが組まれ、行政による「地盤沈下対策の土木工事現場」となっていた。 本殿や拝殿があった神域は、内側からの地脈の暴発によって完全に陥没し、今は巨大な池のようになって水が張られている。その池の水は、驚くほど透明で、底に沈んだ古代の神殿の巨石の破片が、初夏の光の中で微かに青く透けて見えた。
「宮司様たちの魂も、あの地下の底から、空へと還っていったのでしょうか」 梓が仮囲いの隙間から、かつて自分の実家であった場所を見つめた。
「ああ、間違いないさ。老宮司も、お前のお父様も、この土地が呪縛から解き放たれるのを、ずっと待っていたんだ。朝廷の犬として生贄を管理させられる役割なんて、彼らにとっても、苦痛以外の何物でもなかったはずだ」
五味は仮囲いに背を預け、御嶽山の森を見上げた。 かつては一歩足を踏み入れるだけで精神が狂いそうになるほどの邪気が渦巻いていた暗黒の杜は、今はただの、少し涼しい風が吹き抜ける美しい雑木林に戻っていた。カサカサと鳴る木の葉の音は、かつての方位盤の幻聴ではなく、本物の、生命の息吹の音だった。
「五味さん」 梓が前を見据えたまま、静かに口を開いた。
「私、大学の研究室で、お父様のノートのコピーを少しずつ教授に見せているんです。もちろん、魔法や呪術の話としてではなく、古代の先住民が持っていた『独自の地質学的な土地管理術』の論文として」
「ほう。教授の反応は?」
「最初は笑われました。でも、半年前のあの大規模な地磁気異常のデータと、お父様が予測していた地脈の流動ルートが完全に一致しているのを見て、最近、何人かの地質学の専門家が本気で興味を持ち始めてくれたんです。もしかしたら数年後には、水野崇の名前が、オカルトではなく、最先端の環境地質学の先駆者として、歴史に刻まれるかもしれません」
梓の顔には、誇らしげな笑みが浮かんでいた。 文字を持つ侵略者(朝廷)によって「怪物」と貶められ、地下に埋められた土着の知恵が、1500年の時を経て、現代の科学という新しい「文字」によって正当に評価されようとしている。それこそが、水野崇が、そして五味の祖父が、命をかけて守ろうとした真の尊厳の回復だった。
「最高じゃないか。その論文が完成したら、俺が一番にその解説ルポを書かせてもらうよ。フリージャーナリストの特権としてな」 五味はギプスで固められた右腕を少しだけ持ち上げ、梓に向かってウインクしてみせた。
「はい。その時は、最高に読み応えのある原稿にしてくださいね。オカルト抜きで」 梓は声を上げて笑った。その笑顔は、かつて出会ったどの瞬間よりも、眩しく、そして美しかった。
