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『愛してるは、どこに落ちた?』

ベッドの上で交わされる「愛してる」は、ほんとうに愛なのか?
公園で、病室で…言葉の重さが変わるたび、二人の関係も変わっていく。
最後の「愛してる」は、誰にも聞こえない。
でも、それがいちばん重かった。


その言葉は、天井に跳ね返った

夜の部屋は、静かだった。
静かすぎて、ユイは自分の呼吸がうるさく感じた。
カナメの腕の中で、ぬるい体温に包まれながら、彼女は言った。
「愛してる」
その言葉は、天井にぶつかって、跳ね返ってきた。
彼の返事は、いつも通りだった。
「俺も」
それだけ。
それ以上でも、それ以下でもない。

ユイは、目を閉じた。
その言葉が、彼の唇から出た瞬間、どこかに落ちた気がした。
床の隅か、枕の下か、あるいは、彼女の胸の奥に沈んだのか。
でも、拾えなかった。
「愛してる」が、ただの合図になっていることに、気づいてしまったから。

彼の手は、彼女の背中を撫でていた。
その手は、優しかった。
でも、優しさと愛は、同じじゃない。
ユイは、それを知っていた。
知ってしまった夜だった。


その言葉は、どこにも届かなかった

「ねえ、ほんとに愛してる?」
ユイは、カナメの胸に顔を埋めたまま、問いかけた。
「うん、たぶん、今は」
「今は?」
「だって、明日になったら、また違うかもしれないじゃん」
その瞬間、ユイの中で何かがパチンと音を立てて割れた。
それは、信頼でもなく、怒りでもなく、ただの“期待”だった。

彼の言葉は、いつも少しだけズレていた。
ユイが欲しいのは、確信だった。
でも、カナメがくれるのは、予測だった。
「たぶん」「今は」「きっと」
その言葉たちは、ユイの心に届く前に、空中で霧散した。

ユイは、言葉の意味を探していた。
「愛してる」って、何?
この部屋の中で、それはただの合図になっていた。
服を脱ぐ前の、儀式みたいなもの。
「愛してる」→「俺も」→キス→沈黙。
それが、いつもの流れだった。

でも今夜は、違った。
ユイは、言葉の重さを感じたかった。
カナメの声じゃなくて、気配じゃなくて、
その言葉が、自分の中に沈んでいくのを、確かめたかった。


空気の中で、言葉は溶けた

「一回愛してるってベッドの上じゃないときに、人に聞こえる声で言ってみてよ」
ユイは、公園で野良猫をくすぐりながらながら言った。
カナメは、鼻の頭をかきながら笑った。
「ここで?」
「うん、ここで」
「愛してる、って?」
「そう」

日が照る公園の人が行きかう中、誰の声も輪郭を失わせる。
カナメは肩まで芝生に沈め首だけこちらを向けて、少しだけ目を細めた。
「愛してる」
その声は、風に包まれて、どこかあたたかかった。
でも、ユイの心には届かなかった。
届かないことが、逆に心地よかった。

「言葉って、場所で重さが変わるんだね」
「じゃあ、どこなら重くなる?」
「たとえば、病院とか?」
「それ、縁起でもない」
二人は笑った。
でもユイは、笑いながら、どこかでその“縁起でもない場所”を予感していた。

帰り道、ユイはカナメの手を握った。
彼の手は、冷たくて、少しだけ震えていた。
「この手が、言葉より先に愛してるって言ってる気がする」
そう言うと、カナメは照れたように笑った。
「じゃあ、俺の手にしゃべらせとくよ」
ユイは笑った。
でもその笑いは、どこかで“予感”と手をつないでいた。


言葉が使えない場所で、愛は沈黙した

カナメが事故に遭った。
自転車で転倒し、頭を打った。
意識はある。でも、言葉がうまく出ない。
医師は「一時的な失語症」と言った。
ユイは、病室の白い壁を見つめながら、何度も「愛してる」と言った。
その言葉は、誰にも届かなかった。
カナメの耳にも、届いているかどうかわからなかった。

彼の目だけが、動いた。
ユイが言葉を発すると、ほんの少しだけ瞳が揺れた。
それは、返事だった。
「俺も」と言っているような気がした。
でも、それはユイの願望かもしれなかった。

ユイは、言葉の代わりに、行動を選んだ。
毎日、カナメの好きな漫画を持っていった。
ページをめくるたびに、カナメは少しだけ笑った。
その笑いは、ベッドの上で交わしたどんな言葉よりも、重かった。

「愛してる」は、言葉じゃなく、沈黙になった。
沈黙の中に、手の温度があった。
沈黙の中に、まばたきの速さがあった。
沈黙の中に、ユイの涙があった。
そして、沈黙の中に、カナメの微笑みがあった。

ユイは、ようやく気づいた。
「愛してる」は、言葉じゃなくて、
“言えなくなったときに残るもの”だった。


誰にも聞こえない「愛してる」

カナメは、退院した。
言葉は、まだたどたどしかった。
「ユ…イ」
「うん、ユイだよ」
「…あい、し…」
「言わなくていいよ」
ユイは、彼の手を握った。
その手は、もう震えていなかった。

春の風が、二人の間をすり抜けていく。
公園のベンチに並んで座ると、カナメはポケットから小さな紙を取り出した。
そこには、たった三文字が書かれていた。
「アイシテル」
カタカナだった。
でも、ユイは泣いた。
ひと文字ずつ、指でなぞるたびに、胸の奥がじんわりと熱くなった。

「声に出さなくても、伝わるんだね」
「…うん」
カナメは、照れくさそうに笑った。
その笑い方が、昔と少しだけ違っていた。
言葉を失って、彼は初めて、言葉の重さを知ったのかもしれない。
そしてユイも、言葉を失った彼の沈黙の中に、確かな愛を見つけていた。

帰り道、二人は手をつないで歩いた。
信号待ちの間、カナメがユイの耳元に顔を寄せた。
「…あいしてる」
かすれた声だった。
誰にも聞こえないほど、小さな声だった。
でも、ユイにははっきり聞こえないほど、小さな声だった。
それは、あの夜の「愛してる」とは、まるで違っていた。

ユイは、何も言わなかった。
ただ、カナメの手を強く握り返した。
その手の温度が、言葉よりもずっと、あたたかかった。

その夜、ユイは一人で日記を開いた。
ページの隅に、こう書いた。
「今日、誰にも聞こえない『愛してる』をもらった。
それは、世界でいちばん重かった。」

彼女は、ペンを置いて、窓を開けた。
春の風が、部屋に入り込んで、カーテンを揺らした。
その揺れが、まるで「よかったね」と言っているようだった。


後書き

人を死なせる、けがをさせるというのは物語上は簡単な事です。でもそうでもしないと、私の筆力では、伝えたい事の落差が書けない事もまたわかってしまいました。私と云う者があり得る、素人とプロフェッショナルの差なのでしょう。

ただ単にリラックスして柔らかくパソコンに向かうとこのような文章が頭から出てきてしまいます。書くという事は自分が読みたい、自分が書きやすいシュチュエーションがモロに出てしまうものなのだと、つくづくおもうのです。

逆によし、書くぞ!というと、ショートショートの様なものが出てきてしまいます。

このあたりを僕の人間の組成として客観的に見た場合、単純に死なせるなケガさせるなと、言われそうですが、筆力を鍛えますとしか今は言えません。

心の弛緩というか、結果そのあたりのコントロールができない、書きたいものを書き飛ばす。それが文章を書く楽しみなので、それも仕方がないのかもしれません。

この話を書いている間、何度も「愛してるって、いつ重くなるんだろう?」って考えてました。

ベッドの上で言い合う「愛してる」も、公園の喧騒の中で言い合う「愛してる」も、病室の沈黙の中で感じる「愛してる」も、全部ちょっとずつ違っています。

言葉って、便利だけど、言葉を間違えればすぐ軽くなる。言葉は難しい。
だからこそ、言えなくなったときに自分や相手の記憶に残るものが、本物なのかもしれません。

もし、読んでくださった方の中にも「届かなかった言葉」や「拾えなかった気持ち」があったら、この物語が、少しだけその代わりになれたら嬉しいです。

そして、もしよかったら、また別の物語にも遊びに来てください。
次は、どんなものかあまり計画はありません。

書きたい物があればその都度書いていますのでフォロワーさんやたどり着いてくださる方にとってどのように取って頂けるかは分かりません。

私自身書いていていて、性愛よりも純愛や空気中に漂う愛の方が書いていて向いているようです。(別に温めている原稿に性愛の物が有るのですが公開を躊躇った理由がこの物語で漸く分かった気がします。多分公開しません。)

ここまで読んでくださってありがとうございました。

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三木 南彩(みきなんさい) この言葉が、誰かの記憶に残るなら── その余白に、そっと印を残していただけたら嬉しいです。 僕はまだ書けない。 でも、あなたの印が、続きを書く力になります。