🌙私は今日、鳩になりたかった
山鳩が、いつもうちの庭をウロウロしている。
山鳩は、いつも夫婦二羽で一緒に庭をウロウロし、屋根のアンテナに飛んで行っては、ホーホホッホッホーと不気味な鳴き声を響かせる。
我が家で夫婦鳩は何をウロウロしているのか、いつも疑問だ。
今朝も山鳩が雑草が生い茂る庭にいた。
今日は一羽だったが、きっと近くに片割れがいるだろうと思い、
周りぐるっと見回したところ、
あれ、
すこし離れたところで、二羽の山鳩が仲良く歩いていた。
その2羽の山鳩は、てくてく歩きながら、我が家の庭の方まで来た。
雑草の庭にいた一羽の山鳩は、その二羽のほうに体を向き直し
「ボーボッボボボッボ・・・ブ・・ヴオ・」
と聞きなれない鳴き声を出した。
今までに聞いたことのない山鳩の鳴き声だった。へたくそだった。
そしてこの、鳴き下手な鳩は、二羽のつがいの真ん中に入って行き、三羽は仲良く隣の家のエサ台の方に歩いて行った。
「息子か!!!」
もう7月。そうだ。子鳩が巣立つ時期でもある。
この夫婦は我が家の庭でたまにお散歩をしていたが、息子のエサを探していたのだな。そして、息子が飛べるようになったのを見計らって、ご近所コースをレクチャーしているのだ。
「いい、息子鳩、この家はね、雑草が多いの。庭が広いのに、全然野菜とかも植えないし、花も植えないのよ。」
「ほーほー」
「それなのに、棘がついた低木ばかり旦那さんが植えるもんだから、いつも奥さんが怒っているのよ。
レモンは棘が生えるけど実がならないし、タラの木は鋭い棘ばかり。旦那さんがタラの新芽のために山から木を連れてきたのに、今年の春に新芽を捥いではくれなかったと、奥さんが怒っていたわ」
「ほーほほっ」
「オイ、隣りのおじさんが、家から出てきたぞ!」
「あら、行かないと!ついていらっしゃい!」
「ぼっぼっぼぼぼぼ?」
「餌を出してくれるのよ!トウモロコシの種とかあるからしっかり食べるのよ!」
「ボボボボボ」
わたしが見たのはここまでの光景であった。
明日も息子君に会えるだろうか。
仕事先の店舗で開店準備の外掃除をしていたら、足元にやたら小枝が落ちていた。昨夕の時点ではこんなものは何もなかったのに。
すると、後ろから同僚の声がした。
「あ!やっぱり巣作ってる!!」
屋根材の柱と柱の隙間に、太った鳩が座っていた。
そして少し離れたところに雄鳩が小枝を咥えて、こちらの様子をうかがっていた。
実は数週間前ほどから、この雄鳩が小枝を抱えて店の入り口前を飛んだり歩いたりしていたのだ。その時、同僚たちと、営巣してほしくないねと話していた。
それが現実になってしまった。
♢
私はつかつかと前の方に進み、箒を持って掲げて大声を出した。
「ここはダメ!ここはダメ!ここは安心して巣が作れないから、森に戻りなさい!」
鳩はホーホーとも言わず、じっとこちらをうかがっていた。
屋根のひさしは3メートル以上の高さがある。誰か社員さんに脚立に上って追い払ってもらうしかないかと考えた。
♢
15時。休憩から戻って店に入ると、もう鳩の巣は無かった。
店長に聞いた。
「追い払ったんですか?鳩?」
「え?あぁ、まぁね。俺がバーンって指で撃ったらいなくなった」
「すごいですねぇ」
「でもちょっと鳩の卵食べてみたかった」
♢
母鳩が産卵すると、どえりゃー狂暴化することを、店長は知らないのだろう。
私は幼稚園の時に、伝書鳩を飼っていたからよく知っているが、この時期に多頭飼育崩壊を防ぐために、卵を偽卵にすり替えるという拷問の儀式があった。
近づいてたまごに手を伸ばそうものなら、
有精卵の盗っ人と見なされ、
卵を守るために、くちばしで嫌というほど盗人の手をつついてくるのだ。
その青あざが、6歳児の勇気ある証だった。
店長は知らないだろう。
鳩の卵が食べたいなら、まずは卵を抱える母鳩との死闘のゴングを鳴らさなければならないことを。
母鳩は屋根のひさしの下、店長は2メートルの脚立の上だ。
♢
私は今日大変怒っている。
店がパートタイマーの就業規則を見せてくれないからだ。
店長に見せてほしいと伝えたら、メッチャすごまれて、
「見せないよ。俺社内の規約あるか知らないし。
文句あるなら労基に行けば。俺痛くも痒くもないもん」
としれっと言われた。脳天ブチ切れるかと思った。
だから、本社の管理部に怒りのメールをした。
でも、本社も対応しないかもしれない。
それに、勝手に本部に話したなとか言って、いやがらせされたら、どうすればいいのだ。あぁ、貧乏人のパートタイマーは本当に肩身が狭い。
♢
今日は本当に鳩になりたいと思った。
あのくちばしが欲しい。
くちばしでつついて手の肉をついばんでやる。
ストレスいっぱいの体から、フンを頭の上にまき散らしてやりたい。
そして、2メートルの脚立に体当たりしてぶつかって倒してやりたい。
あの庭の鳩の夫婦のように、さわやかな子育てが本当は理想だ。でも、うちは裕福じゃないし、子供との時間を切り裂いて、微々たる時給で働いている。それでもそれなりの時間を働いている。
子供との時間が割けないことに、苦しいと思うことはあるが、それでも、土曜日や日曜日に、子供を連れてマックに行ったり、文房具店に行ったり、ゲームセンターに寄ったりする、そんなささやかな楽しみが得られることに、満足していて、働けることに満足している。職務内容だってとても楽しい。ずっとこの仕事を続けていきたいと思う。
でも、どうして、そんなひどい言われ方をしなければならないのだろう。
私はまた、山に戻らなければならないのだろうか。
私も鳩も、ホーホホッホホーと苦しく鳴いてる。
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#エッセイ
