声が大きい同僚と、そのことが気になる女性職員
「福祉増進と職員負担軽減との両立をめざす」というテーマで発信している、みきやと申します。関西在住の地方公務員で、2027年4月の統一地方選で地元の市会議員になり、地場産業を取り戻すことをめざしています。
今年度から一緒に働いている仲間が、物議をかもしています。今回はこの人について考えていこうと思います。
何が問題?
何が問題なのかというと、その人の声の大きさです。
意見や主張という意味での「声」ではなく、物理的な音声・音量の問題。
私はその方の向かいに座っているもののあまり気にならないのですが、隣やさらにその隣に並んで座っている職員、さらにはその向かい(将棋でいう桂馬の位置)にいる職員はみんな気になって仕方ないようです。
普段の会話でも比較的よく通る声なのですが、電話で話している時のボリュームが特に大きいらしく、周囲の職員は目の前の業務に集中できずに困っているとのこと。他の職員にいたっては、圧による苦しさを感じることもあるのだとか。なかなか深刻な問題です。
私の真正面にはPCのディスプレイがあり、それが遮蔽物となることで、声の大きさは軽減されているのかもしれません。が、私以外の位置に座っている職員は遮蔽物の恩恵を受けられないためか、声の大きさによって業務に集中できないそうです。
どんな人?
その人はどんな人かというと、4月から一緒に働いているのですが、業務で分からないことがあったらすぐに質問してくれますし、こちらから間違いを指摘しても素直に聞き入れてくれるという、素晴らしい一面を持っています。
年齢は60代中ごろの男性の方ですが元気いっぱいで、定年退職後に第2の勤務先として役所での会計年度任用職員の道を選ばれています。前職は誰もが知る有名企業で、よくこんな経歴の人がうちに来てくれたなあ、と思っていました。
でも人には色んな側面があるもの。前職でひょっとしたら工場内で大きな音が出ていて、その中でコミュニケーションをとらなければならかったのかもしれません。
ときどき耳の遠くなったおじいちゃんが電車内の会話で「え?」を連呼するのに遭遇しますが、別に耳が遠いというわけでもなさそうです。
となるとシンプルに生まれつき声が大きい、という可能性が高そうです。
この問題の難しさ
以前の記事で、夏場でもウィンドブレーカーで出勤し、汗まみれの体からは酸っぱいにおいが漂っている人について書きました。
この人の場合は、勤務前に着替えさえすれば影響を相当抑えることが可能です。(それにしてもこの記事はスキが少ないですね、、、)
ですが先天的に声が大きいとなると、どういった指摘をすればいいのかめっちゃ悩みます。「○○さんが太っていてその人の後ろが通りにくい。業務に支障を来しているので、やせてほしい。」なんて言ったらある意味人権侵害になりかねません。
こんな感じで声の大きさも体型みたいなものとなると、指摘するには細心の注意が必要です。その人を傷つけないようにどのように声をかければいいのか。AI(Google Gemini)に尋ねたところ、次のような答えが返ってきました。
「〇〇さんの声が大きすぎて、周りが困っている」という直接的な表現ではなく、「〇〇さんの声は、時として(場所によっては)響きやすいことがあるようで、他の職員が電話対応をする際に少し聞き取りづらいという声があったんだ」のように、客観的な事実に基づいた伝え方を心がけましょう。
「もし心当たりがあれば、少し意識してもらえると助かるんだけど、どうかな?」のように、改善を促す形が良いでしょう。相手に悪意がない場合も多いので、あくまで「お願い」や「協力」を求める姿勢が大切です。
まあ、当たり障りのないように接していくしかないのかもしれません。
女性からの声
少し気になったのは、不快感を示しているのは大半が女性であるということ。こういったことの受け取り方に性差があるのか、再びAIに聞いてみたところ。概ね次のような回答が返ってきました。
一般的に、女性の方が男性よりも聴覚が敏感であるという研究結果や、特定の周波数帯の音に反応しやすいという説がある。
女性は、複数のタスクを同時にこなす傾向があると言われることがあります。そのため、一つの作業に集中しようとしているときに、予期せぬ大きな声が入ってくると、集中が途切れてしまい、不快に感じやすいのかも。
一般的に、女性は職場の清潔さや整理整頓といった環境要因に敏感な傾向があると言われることがある。
これらの答えを読んで、私は「赤ちゃんが気になるお母さんやん!」と思ってしまいました。
「音に敏感」=「お母さんは赤ちゃんの泣き声に敏感」
「複数のタスク」=「家事の合間に育児」
「環境要因に敏感」=「お家に危険がないか心配」
といった感じ(ややこじつけ感、、、)。
結論
今回の問題をAIに投げてみることで、意外な構図が思い浮かんでしまいました。
改めるべきところはきちんと改めてもらい、どうしようもない部分は受け入れていく。結局はこういうことを積み重ねていくしかないのかもしれませんが、見方を変えるとちょっと微笑ましい世界なのかも、と思った一コマでした。
