フィンセントの物語 愛知県美術館「ゴッホ展 家族がつないだ画家の夢」
過去のゴッホ展だけでなく他の美術展も含めても、このたびの企画展は出色の出来だったと思う。副題に「家族がつないだ画家の夢」とあるように、フィンセント・ファン・ゴッホ(以下「フィンセント」)の兄弟であるテオ、その妻ヨー、彼らの息子を主要な登場人物とし、彼らのコレクションも展示されている。展示ルートの要所要所でフィンセントから彼らへの手紙にある言葉の数々や交流のエピソードが映像とともに差しはさまれ、観客は絵画作品を追いながら当時の家族間の心の交流を垣間見る、というしかけになっている。
NHK制作による映像のクオリティが素晴らしい。フィンセントが見たであろうアルルの美しい小道、広い広いひまわり畑などが、美術館という大規模な会場ならではのスケールで目の前に広がる。当時の画家にとってその大地の風景がどれだけ心の翼を羽ばたかせるきっかけになったことか、どれだけ魅力的だったことか、説得力をもって伝わってくる。
この企画展ではイマーシブ・アートが導入されている。公式サイト【みどころ】によると、「本展では、「イマーシブ(没入)」体験ができる大規模空間での映像上映も実施します。ここ数年、世界中でファン·ゴッホの作品を題材にした没入体感型デジタルアート、いわゆるイマーシブアートが人気を呼び、特に若い世代が新たにファン·ゴッホに興味をもつ機会となっています。」とある。本企画展のメイン作品となっている 《画家としての自画像》も用いられ、そこに使われる油絵具の色が分解されて現れる仕掛けには驚いた。
作品の間を立ち歩きながら感じたのは、優しさや温かさのような空気感だった。ポール・ゴーギャンと仲違いし、自らの耳を切り落としたというゴッホ。一生において自らの作品が日の目をみることなく、麦畑で自殺したゴッホ。そういう激しいイメージしか持っていなかったが、本企画展で伝わってきたのは、自然を愛し、人を愛し、絵を描くことを愛した心優しい青年フィンセントだった。弟とその妻を大事に思い、彼らに赤ちゃんが生まれたとき、《花咲くアーモンドの木の枝》という美しい絵を贈ったという。甥っ子となるその男の子はフィンセントと名付けられた。

テオの妻ヨーがフィンセントの死後その作品を世に送り出すことで、フィンセント・ファン・ゴッホの作品は世界的な名声を得た。お互いを思い、お互いの仕事を愛した人たちのあたたかな交流があったことに、何度も胸が熱くなった。

ところで先日浮上した「国立博物館・美術館の収入にノルマを課す」というニュースには衝撃が走った。ロシアアニメーション作家の大家であるユーリー・ノルシュテインは、ゴーゴリの『外套』をモチーフとした映画が制作途中のままになっているが、国の経済政策はどれだけクリエイターに影響があるかをドキュメンタリー映画で語っている。
人を魅了する企画展示をしてその結果お金が集まるというのが理想的であって、その理想を手放すべきではない。利益を追求するのが目的となった時、このたびのような魅力的な企画展示ができるものだろうか。このたびの企画展でひとつ学んだのは、「美術展とは画家だけでなく、学芸員、美術館スタッフ、声優、映像制作スタッフなどの多くの人が作り上げるひとつの総合芸術作品なのだ」ということだった。力量のある人が安心してものづくりに専念できるような、そんな社会とシステムであってほしい。

