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愛していると言わないでくれ

「結婚を前提に交際して欲しい」

 今の夫からプロポーズを受けて承諾し、一緒に過ごしてから9年が経つ。先日、ふと夫から「好き」「愛してる」と言われたことがないことに気づいた私は

「そういえば、私に『愛してる』といったことがないよね」

と初めて訪ねた。夫は鳩がマメ鉄砲をくらったような顔をしたのち

「言った!言った!言ったことある!」

と、威勢よくのたまった。

「聞いたことない」
「多分、言った!」
「いつ」
「多分、去年!」

 すべての言葉に「多分」がついている。おそらく夫は私に「愛している」と言っていない。そもそも、私も言われた記憶すらない。

 狼狽える私に夫は、

「そんなこと、どうでもいいじゃん。〇〇ちゃん寝かしつけようよ」

と言い放ち、娘の手を引いて寝室へと向かう。ニコニコしながら夫についていく娘の後ろ姿を見て、ふと、思った。

もう「愛している」なんて言葉とか、別に言われなくてもいいかもしれないって。



 婚活をしていた頃、耳障りのいい愛の囁きを呟く男たちと、何度もすれ違った。「愛している」の背後には、もれなく「都合のいい別れ文句」もついてきた。むしろ、「愛している」だなんて、音信不通の予兆みたいなものだった。

 言葉なんて、真実の想いとは、結局のところ紙一重だ。

「きっとできるはず」
「愛してる」
「大丈夫」

 人は、心が弱っているときほど、耳ざわりのいい言葉を追い求める。けれど、甘い言葉を囁けるのは、そこに責任がないから。だからこそ、伝える側は気軽に囁けるのだ。

 そもそも誰かの「愛してる」という言葉に縋っていたあの頃の私は、誰かの愛そのものよりも、私をまるごと受け入れてくれる「誰か」を、ずっと探していたのかもしれない。

 自分の存在を認めてもらえる「居場所」といった、不確かで曖昧なものを、ずっと。

 今、私の目の前に娘と夫がいる。彼らは、「私」という存在をそのまま受けとめてくれる。ならば今度は、「自分が愛しい」と思える瞬間を大切にしてもいいのかもしれない。

 だから、夫よ。もう私に、「愛している」なんて言わなくていい。

 その代わり、娘の手を引いてくれ。
 仕事も真面目に取り組んでくれ。

 その背中、私も。娘も。ちゃんと見ているから。

【完】
(文字数913文字)

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