18万円を落としても「飲ま吞まイェイ」と笑っていられる夫を見て、現代社会のストレスに揺れない生き方について考えてみた
「あんたに話さなければならないことがある。鞄を落とした」
広島に3泊4日の出張へ行っていた夫から、最終日に届いた第一声がこれだった。
いや、普通「ただいま」とか「今から帰るよ」とか、そういう連絡が本来ならあるのではないか。よりによって、出張最終日の連絡が「鞄を落とした」から入るとは思わなかった。
出張中の夫はというと、毎日律儀に連絡をくれていた。
「飲んでます」
「おはよう」
「俺だけ飲んですまんな」

家族と離れて羽を伸ばしているのだから、好きに飲んでほしい。そう思った私は、仕事の合間に「はい」「いえ」と平均2文字の返信を返し続けた。これは決して、気がないからという訳ではない。本当にマメに連絡が届くので、全部に丁寧にかえしていたら、1日1000文字くらいになりそうなので、省エネスタイルで返信しているのである。
LINEを返すと、夫からは「ありがとう。また学会終わったら連絡します」「いまから原爆ドームなど観光します」と、修学旅行に行く息子のように、こまめな観光報告が続いた。
厳島神社には行かないのかと尋ねると、「それは家族でいきたい」とのこと。なんだかんだで、家族の顔が浮かんでいるらしい。なんだ、いい旦那さんじゃないか。

その後も「ただいま」「風呂入っています」と、実況中継のように連絡が続く。おまけに、私たちが寝られたかどうかも心配していた。

私は「今何してるの」とは特に聞かないし、詮索もしない。せっかくの出張だ。仕事に集中しつつ、大いに羽をのばしていただきたい——そう思っているのだが、彼はどうしても自分の状況をマメに送りたいらしい。届くLINEの内容は、いずれも出張と観光を満喫している様子ばかりだった。
てっきり、広島の地で安全に出張と観光をエンジョイしているのだと、私は完全に安心しきっていた。なのに、そんな平和な連絡ラリーの最終日に、突然の「鞄を落とした」である。
しかもその鞄には、
・現金2万円の入った財布
・4万円のイヤホン
・クレジットカード(利用停止済)
・12万円分の定期券(再発行済み)
が入っていたらしい。つまり、カードの損害を除いても、18万円相当のものを落としたということになる。おまけに財布じゃなくて鞄ごと落とすあたり、もう「落とし物」としてのスケールが違う。
「なんで先に言わないの」と問い詰めると、夫はこう言った。
「それを先にいうと、あんたが心配して観光どころじゃなくなる。なくしたものは仕方ない。俺は観光したいし、宮島に行くと決めていた」
……いや、メンタルどうなってるの?
私なら財布を落とした瞬間から、頭の中が「財布財布財布財布」と埋め尽くされる。観光どころか、ホテルで一人反省会をしたり、Xで「広島 落とし物」と検索したり……。目を右往左往させながら、絶対に狼狽える。旅どころじゃなくなると思う。
しかし夫は違う。財布を落としても、「仕方ない」で済ませることができる。せっかく広島に来たのだから観光を楽しみたい。それどころか、鞄がなくて身軽になったので、旅行しやすかったと、Xに投稿する始末。
これ落とした次の日、最初は無料のとこから観光した pic.twitter.com/SKxF1udq8G
— 好物はもみあげドラゴン (@d7v41910) June 29, 2026
一体、どうしたらそんな考えに陥るのか。
手ぶらだと観光が楽ということを再認識しました
— 好物はもみあげドラゴン (@d7v41910) June 29, 2026
災い転じて福となす
おまけに、「不幸中の幸い!!ホテルに念のため、現金数万円と別のカードを置いておいたんだわ!!スマホはポケットに入れておいた!!鞄の中にいれていたら、アウトやったわぁ」と、ドヤ顔で語る始末。
メンタル、鋼か。
一方で私は、小さなことでくよくよしやすい。財布が一瞬見当たらないだけで、ほかのことが頭に入らなくなる。目先のマイナスにとらわれてしまい、本当に大事なことを見失うこともしばしば。
そんな私とは対照的に、夫は鞄を落とした後であれ、当然のように「家族で今度、厳島神社行かない?」と誘ってきた。どんなときも、未来の家族旅行の話ができるのはすごい。いや、すごいというか……なんというか……。
そして宮島に向かった夫から、さらにLINEが届く。
「お酒に酔い潰れないお守りがあったので、買おうと思うけど、どう思う??」
しゃもじ型のお守りには
「飲んでも呑まれていけいけぇ」
「のんでものまれるな」
と、柔らかい文体で書かれていた。

ここで私は、乾いた笑いとともに確信した。
こいつ、ぜんぜん反省してねぇ。
いや、待てよ。そもそも、反省することがすべてなのだろうか。
もし本気で反省していたら、私のスマホには「どうしよう!財布落とした!俺、死にたい!」と、夫から怨念のようなLINEが連打されていたかもしれない。いや、これは夫というより、私が旅先で財布を落としたら絶対そうなる。
旅先にいても、何を食べても味がしない。お土産を買おうとも思わない。
そう思うと、この「信じられないほど気にしない性格」だからこそ、夫は出張の4日間をノーダメージでめいっぱい楽しめたのではないだろうか。
そして最終日には「お土産なにがいい?」と、お土産の心配までしていた。自分のことより人のことなのか。それとも、本当に鞄を落としたことを気にしていないのか。結婚して10年経つが、夫の価値観や考え方を知るたびに、未確認生命体を見るような気持ちになる。
けれども、この常軌を逸した「気にしなさ」は、誰かの棘のある言葉に心がズタズタにされがちなインターネット時代において、むしろ最強の生存戦略なのかもしれない。
かく言う私は、SNSの海を回遊しては、タイムラインに流れてくる、見ず知らずの誰かの攻撃的なポストや、過激な批判、ギスギスした論争を目にするだけで、胸がキュッと苦しくなるタイプだ。直接自分に向けられた言葉でなくても、
「私が言われたのだろうか」
「世の中ってなんて怖いんだろう」
と勝手にダメージを受け、スマホを伏せてため息をつく始末。勝手に悲劇のヒロインを演じるのにも、すっかり慣れてしまうくらいに、現代社会の強い言葉に揺さぶられまくっている。
そんな受けなくてもいいストレスを受け、日々心をすり減らしている私から見れば、夫の姿はもはや神々しくすらあった。
そもそも、18万円相当の私財をロストしても動じず、笑顔で宮島へ向かう男だ。彼なら、SNSでどれほど炎上しようが、理不尽な批判を浴びようが、通知が1万件来ようが、きっと「なくしたものは仕方ない。俺は飯を食いたいし、ラーメンを食べると決めていた」と、スマホをポケットに突っ込んで麺をすすっているに違いない。画面の向こうの悪意なんて、彼の鋼のメンタルをかすり傷一つつけることはできないだろう。
現代社会には、このくらいの「図太さ」が必要不可欠なのかもしれない。
私もタイムラインを眺めて一喜一憂するのをやめて、誰かの強い言葉も、日々のストレスも、夫の鞄みたいに、ここではないどこかへさくっと落として、身軽に生きたいものだ。
夫は帰り際に「次は絶対気をつけるわ」と言った。この「次は絶対気をつけるわ」を、私は結婚してから10年間、星の数ほど聞いてきた。夫の「次は絶対気をつけるわ」は、私にとって「次も絶対落とすわ」の予告編みたいなものだ。これはまた、次もあるな…………絶対に。
また夫が「酔い潰れて、何かを落とす可能性がある」ことを覚悟しなければならないと、私は静かに肝に銘じたのであった。
【完】
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