ベビーカー卒業宣告の翌日、娘は水たまりへと勢いよくダイブした
保育園の先生から「お母さん、そろそろベビーカー卒業しましょうか」と言われた瞬間、みぞおちの奥がコトンと音を立てたとともに、私は呆然とした。
実質的な、ベビーカー出禁宣告。わかっていた。いつかこの日が来るのはわかっていたよ、セニョリータ。でも。わかってはいたものの、いざ現実を突きつけられると「ついに強制執行の日が来たか……」と、胃のあたりがソワソワした。
我が娘、8月で6歳になる。体重は13キロ。ベビーカーに乗せれば当然のように体ははみ出し、シートベルトはとうに役目を果たしていない。ただ体が鮨のネタみたいに、「乗っかっているだけ」の状態だ。
サイズ感的にはすでに限界突破しているが、私にとってベビーカー移動は命綱みたいなもの。だって、乗せて押せばいいだけだから。
娘の手を引いて歩くとなると、話は一気にハードモードと化す。なにせ、体は6歳児のパワーがついているので、野生馬のごとくグイグイと私を引っ張る。
かと思えば、疲れやすさに関しては「2歳児」のままなので、突然システムが強制終了したかのように立ち止まり、「抱っこ」を要求して両手を広げてくるのだ。パワーと持久力のグラフが、反比例ともいうべきか。もはや完全にバグっている。
娘が「一歩も歩きましぇーん」とストライキを決め込んだ瞬間、私は13キロの肉塊を抱えて歩く羽目になる。 食べ盛りの13キロ。 念のため、言っておく。相手はふんわりミルクの香りがする赤ちゃんではない。マジで重たいガチの13キロだ。 しかも、大人しく抱かれているならまだ可愛いものの、時々「私を海に戻して欲しい」と言わんばかりに、ビチビチとイキのいい秋刀魚みたいに全身で暴れる始末である。
ここで一度、冷静に考えてみて欲しい。
13キロの秋刀魚が、陸上でフルパワーで暴れるとどうなるか。
答えは、いたってシンプル。まず、私の腕がもげる。二の腕の筋肉がミシミシと悲鳴をあげ始める。そして、明日の筋肉痛が確定するのは間違いない。
朝の10分程度の移動で、なぜ私は網揚げ直後の漁師のような疲労感を味わわなければならないのか。
もうひとつ、誰にとってもどうでもいいようで、私には切実な問題がある━━恐ろしい事実、といってもいい。
そもそも娘は、保育園に行く前の時間、爆睡している。
揺すっても、声をかけても、布団をめくっても起きない。まるで深海に沈んでいるイソギンチャクみたいに、両手を伸ばして、だらんと気持ちよさそうに寝そべっている。
だから私は、眠ったままの娘をそっとベビーカーに乗せて移動する。その都度、先生からは「ちゃんと朝、起こしてくださいね」と言われる。
私は「起こしてるんです、何度も。でも起きないんです」と説明する。けれど翌日も、その翌日も、同じやり取りが延々と続く。
先生から見れば「起こしていない母親」に見えてしまうのかもしれない。時折、なんで起こさないんですかと、訝しむ顔をされることも増えた。
でも、違うんだ。先生。
どうか、誤解しないで聞いて欲しい。
私は毎朝、娘の肩を揺らしながら、「起きて」「お願いだから起きて」と、何度も口酸っぱく囁いているのだ。
それでも娘は、夢の底から戻ってこない。気持ちよさそうに眠っている。仕方ないかと諦めてしまう。ずっと、この繰り返しが続いている。
発達が少しゆっくりな娘にとって、6歳といっても体感はまだ2歳の世界。歩くスピードも、周りの子どもたちよりずいぶんとゆったりしている。
そのうえ、視界に入るものすべてが——玩具であり、障害物であり、誘惑であり、そして大発見でもある。
好きなものがたくさんあるのは、本来とても素晴らしいこと。
けれど、興味をひとつ見つけるたびに足が止まってしまうのは、親からすると実に大変だ。その頻度は、だいたい5分に一度である。道を歩けば、すべてが誘惑。何度でも、何度でも立ち止まっては、瞳を輝かせて、娘は何かを見つめている。
園に到着すれば、子どもたちからは「あ、Mちゃんまだベビーカー乗ってるー」と、ピュアすぎる指摘を受けることもしばしば。(※娘は加配サポートを受けている)
私は「はいはい」と、熟練の居酒屋店員のように受け流すけれど、子どもは大人のように「事情を察する」というのは難しいので、容赦がない。
ビー玉みたいな瞳で「どうして乗ってるの?」と追い打ちをかけてくる。
君の人生には関係ないから、どうか放っておいて欲しいなんて。子どもに口が裂けても言えない。理解して欲しいなんて、もっと無理だ。
なにしろ、子どもは子どもの目線で、精一杯生きているのだから。
そのたびに私は「どうしてだろうねぇ」と曖昧に笑い、心の中で「ごめんね」とつぶやいてきた。
でも、今日の私たちは違う。
先生の言葉に背中を押され、「家から保育園まで、娘の手を引く。そして、初めてベビーカーなしで保育園まで歩く」と覚悟したのだ。
ベビーカーからの、卒業。この支配からの卒業。これは私たちにとって、大きな一歩だ。思い起こせば、いままであまりにも楽したいからとばかりに、ベビーカーに頼りすぎてきた。
でも、卒業したからとはいえ、そう簡単に物事は上手く行くものではない。世の中には大人に限らず、子ども向けのハニトラも数多く潜んでいる。
その証拠に、娘は歩くなり水たまりの誘惑にすぐハマった。
道端に水たまりを発見した瞬間、彼女の目は少女漫画の悪役ばりにキラーンと光り、口元が不敵にニヤける。水たまりを見るなり、私の手を振りほどき、頭からざぶーんと勢いよく突っ込んでいく。
私が「やめなさい」と何度言っても、こうなったら最後。彼女はケラケラ笑いながら、何度手を引っ張っても、狂ったように水へつっこんでは、あははははと笑い始める。
時には、水たまりに手をつっこむ。そして、水の中から、石を拾いはじめる。私が「石を拾わないで」と口を尖らせても、娘は全然手を止めてくれない。
娘が石を拾っては、私は彼女の手のひらを広げて石をとり、元の場所に戻す。娘が誰かの物を勝手に持ったり、移動させないよう、しつけるために。この作業を、娘が石を掴むたびに、延々と繰り返す。雨足はますます強くなる。嗚呼。いつになったら、終わるんだろうか。私は道端で傘をさしながら途方にくれる。
娘は雨も好きだ。傘の中にいれても、映画「ショーシャンクの空に」みたいに、雨に自ら濡れにいく。そして天にむかって「あははは!!!」と声をあげる。
娘はそのたびに、私の顔を見て反応を伺っている。彼女にとって、この一連の出来事は、私への挑戦状。つまり、試し行為だ。娘は言葉を持たない代わりに、「水たまりに突っ込む」「泥まみれの石を拾う」という高度なスタンドプレーを駆使しつつ
「この女(母親)は怒るぞ」
と理解した上で、私を試そうとしている。おいおい、そんなことをしなくたって、私はいつだってちゃんと君のことを見ているというのに。
わざわざ相手を怒らせて「愛情」の深さを測るだなんて。そんな面倒なことを続けていたら、将来きっと、お母さんのようにこじれた恋愛しかできなくなるぞ。
そう思うと、老婆心ながら「本当にやめなさい」と釘を刺したくなる。
でも、それもきっとお節介なのだろう。だって、人を好きになって初めて学べることが、この世界にはたくさんあるのだから。
そして私は、歩き出してすぐ、すべてを悟った。
この娘、水への執着が尋常ではない。
ここで少し、私の話をさせていただく。
私は今、ライターの仕事をしており、今年の1月末にはビジネス作家としてデビューを果たした。
その活動の中で、ありがたいことに担当編集者から「いや〜、素晴らしいですね!」と褒められている「私の強み」がある。それが、執着、熱量、粘り━━そして狂気だ。
何を隠そう、私は自著のビジネス書の「はじめに(導入部分)」だけで、前代未聞の1万3000文字を書き殴った実績を持つ。
一般的なビジネス書なら1章分が丸ごと収まる文字数である。おかげ様でSNSでは「はじめにが長い本がある」と、ちょっとした話題になった。
そんな、私の「狂気の遺伝子」が、どういうわけか、娘にしっかり遺伝していた。
それにしても、遺伝子の引き継ぎ方を完全に間違えている。
私的には、できれば「文章の才能」として引き継いで欲しかった。だが、神様の気まぐれともいうべきか。彼女は「水」に対してその狂気を発動させている。

いや、でも「好きなものへの、あくなき情熱」を持てることはいいことだ。そのまま、自分の好きと好奇心を大切にしてほしいと、母は願う。
水でこれほどの狂気を見せるとなると、将来、彼女に好きな男でもできた日には一体どうなってしまうのか。
少なくとも親の私は、中学生の時、好きな人の「観察日記」をこっそりノートに記していた過去をもつ。おまけに、出会って数日の相手に対し、バレンタインに手作りクッキーを一方的に「郵送で送付」した前科持ちだ。
三國連太郎の息子が佐藤浩市であり、その孫が寛一郎であるように、才能と業(ごう)というものは脈々と受け継がれるものだと、私は強く信じている。
だからこそ、私は思うのだ。娘よ、その執着心は「異性」に向けるな、と。
けれども、自分の「好き」や「好奇心」が生まれたら、その気持ちを大事にしてほしい。成果が出るかどうかは別にして、生き甲斐や楽しみがあると、人生は少しでも生きやすくなるし、楽しくなるからだ。
そんな水が好きな娘は、動くのが遅いだけじゃない。まだ喋れないままでいる。
◇
これまで娘は、DNAレベルの検査をいくつも受けた。
「コフィン・シリス症候群かもしれませんね」
「自閉症の傾向がありますね」
いろんな言葉を受けたけれども、結局どれも確定しなかった。
それでも娘は、すくすく育った。いつも楽しそうだ。何かができなくても、人は気持ち次第で楽しく過ごせるのだと、娘の丸い背中をみるたびに、ふと思う。
◇
最近、彼女の脳内で何かが覚醒したのか、冷蔵庫を開けた瞬間だけ「ママ」と言うようになった。
視線の先には納豆、ジュース、お菓子、乳酸菌飲料。
つまり「欲しいものがある時だけ」発動する「ママ」発言。
やはりこの子、確信犯だ。
もしかして本当はペラペラ喋れるのに、普段は喋れないフリをしているのでは……そんな妄想すらしてしまう。でも、もしそうなら、どれだけ救われるだろう。娘がこのまま喋れないまま大人になったら、どうやって生きていくのか。
私は41歳で娘を出産した。娘は私より長く生きる。先のことは考えたくない。だからいつも、今視界に映るものを信じるようにしている。
ベビーカーなしで歩ききった娘の背中は、いつもよりほんの少しだけしゃんとしていた。
よく見ると、娘は小さな石ころを3つ、こっそり握りしめていた。その石を抱えたまま、先生に渡すでもなく、ただ大事そうに握りしめて。
一体その石をどうするつもりなのか。そして、その小さな頭で毎日何を企んでいるのか。
正直、そこに正解があるのかはわからない。いや、むしろ正解なんてないのかもしれない。娘の本当の心の内なんて、私にはもしかしたら、一生理解できないのかもしれない。
そもそも、娘が喋れるかどうかもわからない。それでも「娘が何を考えているのか、知りたい」と願い、にこにこと笑う理由をつい探してしまうのが、母親というか。私という生き物なのだろう。
振り返れば、話せない娘と過ごした日々は、いつの間にか2,000日を超えていた。
8月、彼女はいよいよ6歳になる。
ベビーカーなき外の世界へ、私たちはまだ、ほんの一歩を踏み出したばかりだ。
あいにく、明日の天気予報も雨。雨が降る中、あの暴れん坊の小さな手を引いて、水たまりの誘惑と戦いながら送迎するのは、正直。白目を剥きそうになるほど大変だ。
それでも、今日、明日、あさってと、日ごとにくるくる変わる彼女の表情を眺めていると、この子には雨、水たまり、石ころ、母の気持ちなど。いろんなことに興味があるのだなと気づかされる。
無事に娘を保育園へ送り届け、ひとりになった帰り道。さっきまでの喧騒が嘘みたいに静かで、気づけば雨は小雨に変わっていた。
娘との格闘の末、じんわりと痛む自分の手と腕をそっとさする。
そこにぽつり、ぽつりと落ちてくる冷たい雨粒が、火照った痛みをやわらかく冷ましてくれるような気がした。
(明日の君は、どんな姿で私を驚かせてくれるのだろう)
そんなことをぼんやり思いながら、私は濡れた腕をもう一度、静かにさすった。
【完】
