見出し画像

なぜ私はnoteを書くのか

 noteを再開したのは昨年の初夏でした。

 その頃、本来なら失う必要のなかった自信——という名の曖昧で実に儚いものを、単なる思い込みで潰しており、燻っていました。

「些細なことで一瞬で吹き飛ぶようなものなら、それは自信と呼べない。陽に促されてやっと完成するものは、北風が吹いた途端に脆くも崩れ去る。だから、強風が吹いても確固たるものに育てていくのだ。そう、自分自身の力で」

 私の中の悪魔が囁きます。

 どうすればいいのか、私にもわかりません。そんな時、たまたま目にしたのが昨年度の創作大賞募集でした。

——面白そう。

 それは単純かつ曖昧な理由でした。その頃、たまたま自分の中で「ぎゃぁぁぁ」と悲鳴を浴びる事件があり、それを形にしたら面白いのでは……?と思い始めます。

 その事件とは、過去に書いた小説と似たタイトル、主人公の名前・年齢も同じの漫画をネットで見かけた日のことでした。少し違うのは、ストーリーがエロ漫画風にリメイクされ、そして商業化されていたことです。

 残念ながら、悲しいかな。インターネットとはそういう世界。先に商業化したものが、オリジナルになります。

 けれど、悶々としたのは嘘ではなかったので「せっかくなら、この気持ちを創作にして応募してやる!!」と決めました。

 そして、できたのが「それは、パクリではありません!」でした。これは私にとって、自分の作品を取り戻す闘いでもありました。といっても、もう戻らないけど(涙)

 中間選考は残念ながら残りませんでした。けれど、予想以上に反響をもらえたので書いて良かったと思っています。

 むしろ中間発表前には「反響もいいし、中間選考には残りそうですね」とメッセージをいただけたり、落選した時に「それパクが選ばれないなんて!」と色んな方々に言ってもらえたのも嬉しかったです。

 一年後に読み直して、「ああ、ちょっと爪が甘かったかも」とか。企画案に書き直すと「話の展開が地味かな」と反省することもあり。挑戦したことも、落選したことも。凄くいい経験になりました。

 創作大賞が終わったら一旦辞めて、本業に集中しようと考えてました。ただ、そこで出会った方々と不思議なことに仲良くなってしまい、「noteを続けるのが楽しくなってしまった」という、予測外の出来事が訪れます。

 まさか創作大賞中に、オンライン交流会をするとも思っていませんでしたし。

↑今や伝説の会となりました。メンバーの今の活躍が凄まじい!!

 そこで出会った25歳の男子と福岡でオフ会するとも考えておらず。

↑背の高い小顔のイケメンでした(笑)

 noteは遊びというか、私にとってサードプレイス。挑戦の場です。

 本業に近いことは、ぶっちゃけると本業でやりたい派です。(お金欲しい)

 noteでは、本業でまだ実現していないジャンルに挑戦してみて。それがあわよくば「仕事」に繋がったらラッキーという感じです。

 実際に繋がったのは、アニメ「チ。」の感想文。応募のポートフォリオに使用したら、内容とメディアの方向性がマッチしたため採用になりました。

 旅行、食レポ系も密かに狙って色々試してますが、こちらは茨の道です。食レポ系は何度かライターで応募していますが、落ち続けています。書ける人も、目指す人も多いからでしょうか。

 ただ「何が何でも、絶対この仕事を獲得したい!」とも思っておらず。それは他に仕事があって、それでなんとか賄えているからなのかも。

 もしかすると、その思いが透けているからかもしれません。どうしても受かりたいなら、短くてもいいから。熱意を込めて相手に伝える必要があるのかもしれません。実際問題、短い提案文で応募したものほど採用に繋がってる気がします

……ということは、私の応募の仕方が根本的に間違っているのでしょうか。

 昔、noteを始めた頃はライターの駆け出しでした。「仕事を獲得したい!」と思い、色んな記事を書きました。応募も100件以上していたような。

 経験はOL歴17年、婚活歴15年。地方なら就職に有利と言われた短大卒。資格はぼちぼち。誇れるものはそれくらい。勿論、ほぼ全落ちでした。

 この世界に一歩入ると、出版社、編プロへ行け。指南を腐るほど受けます。できればイケメンに指南されたいので、この指摘を見るたびに脳内に「阿部寛」を召喚させ、「お前は、編プロへ行け!」と言わせています。実際問題、それが近道だと、私も思います。

 けれど、愛知にめぼしい会社はほぼありません。あったとしても、その時給ならフリーランスで働く方がお金になるよね?みたいな。東京にはいっぱいあるのに。まぁ、お金になるならないじゃなくて、今後に繋がる経験を得るという捉え方をしなきゃいけないんだろうけど。(7〜8年前の話なので、今はあるかもしれない)

 そして、当時は妊活もしたいと思ってました。むしろ仕事より、そっちがメインでした。欲張りでしょうか。けれど私は全部欲しいのです。仕事も、女の幸せも。

 矛盾しているでしょうか。だから私は、フリーのまま、出版社や編プロの仕事に応募しまくっていました。その中では、クラウドソーシング経験しかない人はうちと取引しませんと突っぱねられたこともしばしば。

 そこを何とかお願いしますとしつこく言い寄って、素直な人には可能性がありますとか言われて……なんとか好機を一つ……やっとゲット。私が足を踏み入れたのは、そんな世界でした。


 インタビューの仕事がしたい。(今じゃなくて、駆け出しの頃の話です)

 そう思い立ったら善は急げ。

「そうだ、妄想でインタビュー記事を書こう」と考え、創作をし始めました。

 ちょうどこの頃、ロバート秋山さんのクリエイターズファイルや、バカリズムさんのOL架空日記の大ファンで、そのイメージで「架空インタビュー」を書いていた気がします。

 妄想では飽き足らず、夫にインタビューして記事化としていました。

 そこでは夫の相談コーナーを設けて、SNSで出会った方の相談に答えていました。

 今思えば、この企画は誰得なのでしょうか。

 あれから何度か、本業でインタビューの仕事も受けました。

 今は占い師のシウマ先生に、オンラインで月に1回インタビューの仕事をしています。

 早いもので、2年くらい続いてるかも。その経験を通じて、感じたこと。インタビューは結局、人の声を聞いて、想いを汲み取れるかどうか。それを形にできるのか。まぁ、これも人によって違うのかなと思うけれども。

 相手に失礼があれば、その記事は没になります。実際問題、やらかしたこともあります。あの時、もっと相手のことをしっかりリサーチしていれば。その後悔は何年経っても色褪せず、心の奥に潜んでいます。

 けれど、その好機は。時間は。もう返ってきません。自分にできることは、あの経験を活かして前に進むこと。それだけです。

 人の想いを汲むことの難しさ。色んな仕事を通じて、その難しさをひしひしと感じました。けれど、あの時想像でインタビューを書いていた経験は決して無駄ではなくて。話の繋げ方、どう話を膨らませたらいいのか。noteで試し続けてきた経験が役に立つこともありました。

 本業についてnoteであまり触れることがないのは、「無記名の仕事なので、公にできない」というのもありますが、個人的には「仕事を忘れて書くことを楽しみたい」という思いがあります。

 そう簡単な話ではありませんが、あわよくば仕事に繋がったら嬉しいな……という企みもあるのは嘘ではありません。

 noteは、自信をもらえる場所でもあります。褒め合いするのが決してよい訳ではありません。成長には、厳しい指摘を受けることも大切です。

 本業の場合、指摘やアドバイスを受けることの方がずっと多いし、私自身もそれを苦とも思いません。見込みがないと判断されると、もう指摘を受けられるどころか……静かに終わります。

 終焉を迎えないためにも。私は綱の先を必死に掴み、振り落ちないように奮闘します。一喜一憂する暇もありませんでした。暇になると感情の振れ幅が大きく揺れるので、暇にならないように……ずっとその繰り返しです。

 不思議と、その過程を楽しんでいる自分がいます。だから今もこの仕事を続けられているのかもしれません。

 noteを辞められなかったのは、単純に楽しかったからでしょうか。あと、褒められるのも嬉しい。承認欲求の四文字では、この喜びを到底表現できません。誰かに認められるというより、明日の活力をもらえるというか。

 仕事に邁進してる私からすれば、その力を得られることで救われていた気がします。褒められることで「明日も頑張ろう」とか。折れた芯が戻るとか。仕事も育児も頑張ろうとか。不思議なことに、別の形でも襟を直せます。

 私にとっては、襟を戻せる場所——なのかもしれません。

【完】

いいなと思ったら応援しよう!