ああっ、推しのメルモさまっ【陰謀論×女子高生・ショートショート】
「AI時代を生き抜くには、大学に行っている暇はない。独自の視点を持つ者だけが生き残るのです」
メルモさまは今日も、スクリーンの向こうで眩しいほどの瞳を瞬かせながら語っていた。
スポットライトのような白い光が、彼の横顔を悪戯に撫でていく。整った鼻筋も、切れ長の瞳も、淡く雪を思わせる白い肌も、光に触れるたびに輪郭がふっと揺らぐ。
メルモさまがお話しする度に、世界に蠢くノイズが微かになる。
——ああ、今日もなんて、メルモさまは美しいのだろう。
白く光る画面に触れると、指が光で溶けてしまいそうで怖い。
◇
笹嶺美穂がメルモさまの存在を知ったのは、高校二年の春だった。教室は人気アイドルグループ『TEPUREST(テプレスト)』の話題で毎日騒々しい。
クラスメイトたちは
「五月くんが一番!」
「いやいや、寛しか勝たんでしょ」
と、延々と盛り上がっている。五月くんだか寛だか知らないけどさ。どうせ画面の向こうのアイドルが、あんたたちと付き合うわけがないのに。一体どうして、そんなに夢中になれるんだろう。
学校、つまんない。
教室の片隅で、美穂は慣れた指先でスマホの画面に浮かぶ「▷」を軽くタップした。手慣れた手つきで「 YouTube のおすすめ欄」を流し見していると、不意に「メルモの地球生存戦略」というタイトルが目に止まる。
画面に映る男は、粉雪のように柔らかく白い肌をしていた。すっと伸びた切れ長の瞳は薄い茶色で、光を受けるたびに淡く揺らめく。
プロフィール欄を確認すると、男の名前は高島メルモと記されている。年齢は25歳。チャンネルのコメント欄を辿ると、
「メルモさまの言葉を信じて、脱サラしました」
「メルモさまのお陰で、25年ぶりに彼氏ができました」
といった内容で溢れている。なんだか背筋がぞくりとした。
(……なにこれ、気持ち悪い)
半ば反射的に YouTube をタップすると、画面に映った男は目を爛々とさせながら、堂々とした口調で語り始めた。
「学校で教わることは、これからの時代には役に立ちません」
男の声色は、心の淵をそっと撫でるように柔らかい。
優しそうな人だ。10万人以上の人が支持しているのなら、きっと彼は本物なのだろう。彼についていけば、この退屈で息の詰まる日常から抜け出せるかもしれない。
◇
やがて美穂は、毎晩のようにメルモさまの配信を視聴するようになった。ある夜、美穂は初めて YouTube のコメント欄に指を伸ばす。
「メルモさま。真実を教えてくれてありがとうございます」
送信ボタンを押した瞬間、指先がかすかに震えた。まるで、私がメルモさまの世界に一歩踏み入れたような気がした。
すると、ものの数分で
「いつも配信をご覧いただきありがとうございます。これからも、僕の配信を楽しみにしていただけると嬉しいです」
と、メルモさまより返答が届く。
メルモさまは他の方にも返信をしているのだろうか。コメント欄を辿ると、どうやら自分への返信が一番先だったことに気づき、思わず頬が紅潮する。
◇
学校に行かなくなった。
授業中も、休み時間も、頭の中はメルモさまの
「あなたは間違っていません。間違っているのは世界です」
という言葉で、頭がいっぱいだった。
半年後、美穂は高校を中退して家を出た。母親は泣いて止めたが、友達はあきれ顔だった。家を出て半年過ぎた頃には、街路にぱらぱらと粉雪の塊が散らばっていた。美穂は街の雑踏の中で、ふと見覚えのある横顔を見つけた。
白い肌にすっきりとした瞳の男性は、背丈もすらりと高く、だぼっとしたニットが肌に馴染んでいる。
——メルモさま。
胸が勢いよく跳ねた。その瞬間、ハスキーな女の声が背後から聞こえる。
「健次、なにチンタラ歩いてんのよ。スーパーのタイムセール、もうすぐ終わっちゃうんだから!」
振り向くと、長い髪の小顔の女性が、僅かに眉を顰めて立っていた。その隣には、丸坊主の小さな男の子がきらきらした瞳でこちらを見上げている。
「いやいや。タイムセールより、夕方特売の方がお得だからさぁ」
メルモさまは、申し訳なさそうにボソリと呟くと、女と子どものもとへ静かに歩み寄った。メルモさまが男の子の頭をそっと撫でると、子どもは嬉しそうに笑い、隣の女性も穏やかに目を細める。
メルモさまには家族がいた。
私は、学校もやめたし帰る場所もない。コンビニの残り物で飢えをしのぎ、配信で知り合ったオジサンから小銭貰ってなんとか生きてきたけれど、——もう限界。
街路のイルミネーションが瞬き、世界は嘘みたいに今日も賑やかだ。喉は乾ききり、胃の奥がきゅうと痛む。
(私、何やっているんだろう)
視界がふっと揺れ、美穂はその場に崩れ落ちた。メルモさまはぐったりと倒れ込む美穂に気づくことなく、ゆっくりと人混みの中へ消えていった。
【完】
(文字数 1984文字)
#第二回すべて失われる者たち文芸賞
こちらのコンテストに参加します。
【余談:こちらの小説の作成秘話】
先日、note仲間のレジェンドさんに「陰謀論に巻き込まれていく女性の小説、みくさん好きそう」と言われて、ふと思いついたので、朝の6時から試しに書いてみた作品です。
レジェンドさん、きっかけをくださってありがとうございます。
