オワコンを終わらせる
AIの台頭に伴い、「ライターはオワコンだ」という台詞をこの数年で、腐るほど聞くようになった。
AIを使って効率化を求める声も増えた。業界は腐敗どころか、むしろ「新たな旨味」を求めて活性化を辿っている気もする。
きっと「オワコン」説は、他の業界でも流れているのだろう。AIは世の中を便利にする為に生まれたはずなのに、「AIにとって仕事は代替される」などと、至る所でオワコン協奏曲が犇き合う。
それにしてもみんな、オワコンという言葉が好きだ。20年前の合コンや、10年前の街コンくらい聞く。人々は、もしや「コン」という響きが好きなのか。ならば、新商品の語尾すべてに「コン」をつけて売り捌いてしまえばいい。古古古米より流行りそうだ。
何かを終わらせることで得をするのは、オワコンという4文字で注目を集める人だ。
人の心がざわつく話題を「タイトル」に忍ばせることで、ほんの一瞬でも人の気を引くことができる。けれど、それも一瞬の旨味で終わっていく。
ひょっとすると、オワコンを吹聴したことで、あの人はたやすく信憑性のない情報を流す人だと、信用を失うのかも知れない。
だから私は、たやすく「オワコン」というのが怖い。言葉には「言霊」が宿ると言われている。
オワコンだ。オワコンだ。そんなことを気軽に呟いていたら、その言葉に自分が呪われそうだ。業界が終わる前に、自分が終わりそうだ。
けれど、悲しいかな。不思議なことに、軽々しく強い言葉を投げかけていく人は、この世界で長く生き残っていく。マイナスの言葉を吐くことに……そして、そこに関わる人が傷つくことに対し躊躇がないのだ。
だから世の反応も、凪のように受け止め、何事もなかったかのように投稿を続けていく。そして金太郎飴のような投稿を、AIのように繰り返していく。もしかしたら、あの人たちの正体はAIなのかもしれない。
その投稿によって薙ぎ倒された人たちの魂は、どこに向かったらいいのだろう。傷つくのはいつだって、人間らしくて繊細だったり。業界に対し、真摯に向き合っている人たちばかりだ。
人間はAIに負けるのか。そんな時にふと感じる。けれど私はその度に、首をぶるぶると横に振る。負けてほしくもなければ、勝ってほしいとも思わない。その発想は、戦を招くからだ。
◇
オワコン説を流して得をすると思っているのは、危機感を煽ることでライバルが減ると思っている人かもしれない。
けれどライバルの1人2人、蹴散らしたところで一体何になるのか。その発想が成り立ち、コンテンツとして映えるのは、ASAYANのようなオーディション番組くらいではないのか。みんなそんなに、あの頃の中澤裕子にいびられたいのか。
そもそも、ひとつの業界にどれだけの人が蠢いているのか。インターネットの煌びやかな世界は、どこもレッドオーシャン。
1人2人減ったところで、自分が有利になることはまずない。スーパーマリオのクリボーみたいに、倒しても倒しても、飄々とした様子であなたの前にあらわれるはずだ。
それどころか、散々クリボーを倒した頃には、新たに登場するマリオやルイージから「敵」と認識され、今度クリボーになるのは君かもしれない。
◇
「3人寄れば文珠の知恵になる」と捉え、とチーム戦を選ぶ人も増えた。人を蹴落としたりするより、ずっと賢いと思う。1人で考えるより、新たな知恵も生まれるし。誰かが辛い時は、そっと支えてもらえるので挫折しづらい。
チーム戦で働くことも考えたが、すぐに諦めた。致命傷ともいうべきか、私にはすこぶる協調性がない。
どれくらい協調性がないかというと、グループカースト上位の女子が好きになる男を、勝手に好きになって横から奪おうとするくらい、危険だ。
私がチームに属すれば、
「空気を読めない」
と揶揄され、弾かれるかもしれない。それでも、自分の衝動を抑えられない。好きな人のことは好きだとBAADみたいに叫びたい。君が好きだと叫びたい。その告白に凍りついていく女たちを尻目に、その熱い想いを愛する人にぶつけたい。
空気よりも、自分の想いを。気持ちを叫べる人でありたい。
業界はオワコンだと吹聴する人が増える中で、私だけは終わらせたくない。その空気が流れようものなら、秩序に支配された令和時代にドロップキックをかましてやりたい。
「オワコンを終わらせる」
そう叫ぶには、どうしたらいいのか。もしかすると、note書いてる場合じゃないかもしれない。今日も私は、目の前の仕事を片付けていく。業界云々の前に、自分が「あの人はもう、オワコン」と呼ばれぬ前に。
【完】
