見出し画像

双月の森 【第27話】

最初に感じたのは、柔らかい布の感触。
寒くないし、暑くもない。
かすかに誰かが作業する音が聞こえる、安心できる静けさ。

──懐かしい感覚。

アリスはゆっくりと目を開けた。
こんなに眠ったのはいつぶりだろう?

天幕の白い布が見えた。
昨夜のことが、少しずつ蘇ってくる。
「魔力を使いすぎたんだった……」
むくりと起き上がる。少しだるさがあるが、問題なさそうだった。
はらりと身体から花が零れ落ちた。小さくて可憐な花だ。
「ふふ、ピルケたちかな?」
アリスは微笑んだ。

「あ……怪我をした人たちは──」
花を手に持ったまま飛び起きる。

ばっ、と天幕を出ると、セレーナが少し驚いた顔で立っていた。
高くなった日差しに、銀色の髪が透けている。
手にはカップがふたつあった。

「起きたかい?声をかけようと思っていたんだ」
「お、おはようございます!」
アリスは慌てる。怪我人たちをリィンに任せたままにしてしまった。
「慌てなくていいよ」
セレーナはカップをひとつ差し出す。
「命に関わる状態の者はいないよ」
アリスが両手でカップを受け取ると、それは温かいお茶だった。
(いい香りがする……)
「それに昨夜は、死亡者も出なかった。君のおかげだよ」
「いえ……みんながいなければ、倒せなかったと思います」
「君がいなかったら死ぬ者が出たはずだ。だから……ありがとう」
セレーナは優しく笑う。
「や、役に立てて嬉しいです!」
アリスは頬を赤らめる。

「ところで、アリス……寝癖がすごいんだけど」
セレーナが気まずそうに髪を指さす。
「──えっ?!」
慌てていて気付かなかった。触るとぐしゃぐしゃだった。
「今日はここで補給を待つから、ゆっくり休んで」
それじゃ、と手を振りセレーナは去っていった。

「……鏡……みよう」
アリスはぽつりと言った。

荷物から手鏡を取り出す。
「わぁ……これで外にいたのか」
髪を櫛で丁寧に梳かしていくが、癖が直りそうもなかったので、今日は三つ編みにする。

髪を編みながら、ふと荷物の中の小瓶が目に入った。
ロゼがくれた香水だった。
瓶の蓋を開けると、瑞々しいミュゲの香りが漂う。

「つけてみようかな……」
指先に取り、首筋をなぞる。
「いい香り……」
自分で香水を纏うなんて、初めてだった。
少し恥ずかしかったけれど、心が弾む。

しっかりと小瓶を閉じると、花と一緒に荷物の上に並べて飾った。
「さぁ、行かなきゃ」
宝物ににっこり微笑むと、立ち上がった。

「負傷者の方はこちらですか?」
天幕の前で、通りがかった騎士へ尋ねる。
「あ、アリスさん!昨夜はありがとうございました。生き残れたのはあなたの魔法のおかげです!」
満面の笑みで騎士が言う。
アリスは顔が熱くなる。
「え、いえっ……そんな……」
ぶんぶんと頭を振った。
騎士はふふっと笑うと天幕を示す。
「負傷者はこちらです、よろしくお願いします!」
アリスはお辞儀をして、天幕の中に入っていった。

「あ、アリスじゃない。もう身体は平気なの?」
リィンがいた。黒髪を後ろに束ねている。
「はい。リィンさん、昨夜はありがとうございました。治療代わります」
「気にしないで。私は応急処置しかできないから、あなたの負担が大きいかもしれないわ……」
「治療は得意ですので、任せてください!」
「ええ、ありがとう。休ませてもらうわね」
微笑みながら、手を振って去っていく。
バラの香りは鮮やかだったが、その横顔には少しだけ疲労が滲んでいた……。
「……ありがとうございます」
ぽつりと呟いた。

一人になると、アリスは重傷者から順番に治癒魔法をかけていく。
イグニルに腹部を貫かれた騎士が、一番重傷であったが、リィンの魔法で命が繋がっていた。
「よかった……」
アリスはゆっくりと傷口を塞いでいく。
重傷の騎士は眠っていたが、頬を涙が一筋伝う。
「……あたたかい……」そう、呟いた。
生きていてよかった……アリスは胸が熱くなる。
「もう大丈夫ですよ……」
アリスは指先で、そっと涙を拭った。

立ち上がると、視界がぐらりと揺れた。
魔力が回復しきっていないみたいだった。
「でも、助けたい……」
アリスは天幕を見渡し、その気持ちを確認する。
しっかりうなずくと、治療を続けた。

負傷した騎士全員を治療し、残るのはルシだけだった。

天幕の一番奥で、静かに目を閉じて眠っている。
アリスは横に座ると、手をかざして傷の状態を確認した。
左手は骨折しており、右脇には大きな切創がある……。
少し治癒魔法の痕跡があった。
けれどそれは、完全に傷が塞がっていたわけではなさそうだった。

「そんな状態で、どうやって……」
ぐっと喉が苦しくなる。

そして駆け付けてくれた時……あの大きな衝撃で傷が完全に開いてしまったんだ……。
(でも、ルシのおかげでセレーナさんは助かった……)

アリスは傷ついた姿を見ているのが苦しくて、自分の膝に顔をうずめる。
自分から、ふわりとミュゲの香りがする。

(久しぶりに会えたのに……)

「ルシ…………」
顔を上げて、右頬にそっと触れた。
すごく熱い……熱がある。呼吸も少し苦しそうだった。

アリスは右手をルシの胸の上にかざす。
ふわぁっと身体の内から光が溢れる。

「──花の……」

掠れた、低い声がした。
驚いて顔を向ける。

「においがする……」

「……起きてるの?」
しかし、ルシは目を閉じたままだった。

「苦しいよね……」
大丈夫だよと、そっと頬を撫でる。

──ふいにルシの指先が、アリスの手に触れた。

熱くて……全然力が入っていない……。
「ルシ……」

ルシは、ゆっくりと目を開いた。

深い藍色の瞳が、潤んだように揺れる。
しばらくぼんやりとしていたけれど、ゆっくりとアリスの方へ視線を向ける。

「………………」
「ここに、いるよ……」
震えて、うまく声が出なかった。

ルシの指先に、少しだけ力が入る。
アリスは胸が詰まって、もう声が出せなかった。

「…………っっ」
瞬きをすると、涙が零れる。
頬を伝って、ぽたりぽたりと膝へ落ちていく。

ルシ、ルシ……
話したいことが、たくさんあるの。

なのに、零れるのは涙だけだった。
ルシを見つめたいのに、涙で顔がぼやけてしまう。

両手できゅっと、ルシの大きな手をにぎった。

「──アリス…………」

ミュゲの香りは、優しい朝の日差し。

森の朝のにおい。

穏やかな、あの日々を思い出す。

「ルシ……会いたかったよ……」

いつか帰ろう……
わたしたちの、あの森へ…………。



本日もお疲れさまでした。

アリスは髪が長いので、お手入れが大変そうです。
魔法で何とかしているのかな?
三つ編みのアリス。AIはいつもお花とかで髪を飾ってくれます。

今回のBGMは、既出のものを繰り返していました。
寝てるとき以外は音楽流してるので、いろんな曲を聴きますが、好きなものを繰り返しちゃいますよね。

その中からÓlafur Arnaldsさんのアルバムを紹介。
Kiasmosさんのメンバーの方ですね!心が洗われます。

それではまたどこかで。

いいなと思ったら応援しよう!