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双月の森 【第18話】

どさっ。
衝撃は確かにあった。全身で受けた硬い何かへの着地。

けれど……痛みはない。

アリスは目を閉じたまま、全身へ意識を向ける。
頭、背中、腕、足。どこにも怪我はないようだった。
谷底へ落ちた。はずなのに……。

(──わたし……死んだ?)

真剣にそう思った、その瞬間。

「あれ?! 死んだ?」

自分が思ったことを、誰かが声に出した。
アリスは、ぱっと目を開けた。
「えぇ足持ったよー?」
「ボク手ぇ引っぱったよ」
高くて可愛らしい声がする。

「ねぇみんなー! あっちに兵隊さんが潰れてるよー!」
その言葉に、アリスは飛び起きた。

やはり身体に痛みはなかった。
周囲を見渡すと、薄暗い谷底に光があった。
小さな光がふわふわと自分を取り囲んでいた。
それぞれが異なる光の色を持っているようだ。緑、青、橙、白。

「妖精……?」
その一言に、辺りが一斉にざわめいた。
一つが、すっとアリスの目の前へ近づいてきた。淡い緑色の光。
よく見ると、小さな人の形をしている。透き通るような羽、大きな瞳、きらきらとした笑顔。
「生きてた!」
妖精は両手を上げて喜び、空中でくるりと回転した。

「あなたたちがわたしを助けてくれたの?」
アリスが訊くと、周囲の妖精たちが一斉に喋りだす。
「わたしだよー!」
「ぼくだよぉ!」
「ボクが一番力入れた!」
「ちがうよあたしだよ!」
みんなが主張し始め、たちまち賑やかな言い争いになった。
アリスはその光景を呆然と眺めた。

今しがた崖から落ちたはずなのに、目の前では小さな妖精たちが元気よくけんかをしていた。
(うーん、現実と夢の区別がつかないな……)
アリスは右手で頭を押さえる。
身体の感触は確かにある。草の匂いがする。川のせせらぎが聞こえる。

(やっぱり……生きてる。)

そこでアリスは、はっと気づく。
「さっき、兵隊さんって言ってなかった……?」
心臓がどくんと脈打った。

妖精たちの声が、ぴたりと止んだ。
緑の妖精が、アリスを見た。
さっきまでとは少し違う、静かな目だった。

妖精たちが飛ぶ方向へ、アリスはついていく。
谷底は思ったより広かった。岩が転がり、細い川が流れ、草が低く茂っている。
崖から差し込む光が薄く、全体が薄暮の中にあるようだった。

姿が見えてきた時、アリスは足を止めた。
「…………」
ぐっと呼吸が苦しくなる。

複数の人間が、谷底に横たわっている。
白銀の鎧、青いマント、騎士団の紋章。

アリスは駆け寄り、膝をついた。
一人目に触れ、脈を探した。

(触れない……)

二人目。三人目。
どちらも同じだった。

落下の衝撃で、致命的な損傷を受けていた。治癒魔法が届く範囲ではない。
命そのものが、もうそこにはなかった……。
アリスは合わせて五人の騎士を見つけ出した。

全員の顔を確認すると、焚き火の側で笑っていた顔があった。
出立の朝、冗談を言いながら馬の世話をしていた人がいた。名前を覚える前に、話せなくなってしまった人もいた。

あの虚空を掴もうとする手を思い出す。

アリスはしゃがんだまま、その場から動けなかった。
手が震える。

(……命はこんなに一瞬で失われてしまうんだ。)

──治癒魔法を使える。
それだけは自信があったけれど、しかし今、ここでは何もできない。

(自分の魔法は、意味をなさないんだ……)

ぽたり……膝に雫が落ちた。

つぅっと頬を涙が伝っていた。

アリスは拭うことも忘れて、ただぼんやりと五人を見つめる。

どのくらいそうしていたか、わからなかった。
やがてアリスは立ち上がり、杖を持つ。

(せめて、身体を整えてあげたい……)

アリスが杖に力を込めていくと、その瞳が淡く光り、身体の内から温かな光が溢れる。
騎士たちの身体がふわりと宙に浮かび、それぞれが白い光に包まれていった。

そして、ゆっくりと身体を地面へ横たえる。

すう……と光が消えた時、騎士たちの顔には穏やかな表情が浮かんでいた。
傷も修復され、ただ眠っているかのようだった。

「きれいだねえ!」と妖精たちが囁く。
アリスは近くの草むらに咲いていた、小さな白い花を摘んだ。
名前は知らない花だったけれど、可憐で可愛らしい花だった。
一輪ずつ、騎士たちの胸の上に手向ける。

「それ何してんのー?」
無邪気な声がした。
淡い緑の妖精が、アリスの肩の近くまで飛んできていた。
丸い目が、アリスの手元を覗き込んでいる。
「このくらいしか……してあげられないから……」
アリスは最後の一輪を置き、両手を組み、目を閉じた。
静かに頬を涙が伝う。

「ふーん。そっかぁ」
少し間があって、小さな気配が隣に並んだ。
薄く目を開けると、緑の妖精がアリスを真似て小さな手を合わせていた。
大きな目を閉じて、小さな口をきゅっと結んでいる。

アリスは微笑み、また目を閉じた。
谷の底に、川のせせらぎがさらさらと響いていた。



本日もお疲れさまでした。

元気な妖精たちが出てきました。
妖精は絶対登場させたかった。かわいいから!

体長は20cmくらいです。
人間の子供みたいな見た目ですが、人より目が大きいイメージです。
楽しいことが好きで、やりたくないことはしない。
真っ直ぐなので、一緒にいると大人は学ぶことが多そうです。

今回のBGMはこちら。
もちろんGregory and the Hawkさんも聴きましたが、Love Psychedelicoさんをたくさん聴きました。かっこよすぎて震えます。
Last Smile、waltz、裸の王様が好きでよく聴きます。

それではまたどこかで。

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