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双月の森 【第14話】

俺とアリスは賓客として迎えられた。
派手な歓迎は無かったが、客室を与えられ、専属の召使いまで付けられる。
客室の石壁には神話に因んだタペストリーが掛けられ、壁の下部には繊細なゴシック調の彫刻が施されたマホガニーの腰板が張られている。
床には深いネイビーブルーの絨毯が敷かれ、部屋の最奥には大きな尖頭アーチのガラス窓がある。
上部ははめ殺しになっていて、下部は開閉できるデザインだ。

その窓は開け放たれ、涼しい風が心地よかった。

俺は黒鉄くろがねで縁取られた重厚なチェストに座って、本を広げながらアリスを横目で見ていた。
アリスは驚きを超えて、怯えているようだった。
風呂まで召使いに入れられたら……そうもなるだろう。

それにどうやら避難民のことが気がかりらしく、窓から何度も外を気にしている。

俺は召使いをいないものとして過ごしていた。

本の上に置いた円盤状のアストロラーベをくるりと回す。
これは以前、古物を扱う商人がくれたものだった。
”これと北極星があれば自分の居場所を見失うことはない”と。
文字が故郷の言葉だったこともあって、縁を感じてずっと持ち続けている。
指先で繊細な透かしを撫でる。
思い出したくもない故郷を引きずり続けて、自分は何がしたいのだろう。
「…………」
気分を変えようと再度本へ目を落とした。

「ルシ、少しいいかな?」セレーナだった。
アリスを部屋に残し、廊下へ出た。

「ゆっくりできているかな?」
視線の鋭さや毅然とした立ち姿に、この騎士団長の人格が滲んでいる。
「ルシ、出立までの三日間はできれば城で過ごしてほしいんだ」
「別に構わない」
聞きたいことも出るだろうしなと考える。
「アリスは森を出てきたばかりなんだろう?」
セレーナは腕を組んだまま眉を寄せる。
「恥ずかしいことに、王都は今荒んでいるしな……」
ベルンが言っていた、避難民や犯罪が多くなったことだろう。
確かに自分でも町が以前より荒んだ印象は受けた。
「……あまり見せたくはないな」
町中まちなかで具合が悪くなったことや、避難民たちの横を通ったときの表情を思い出す。
視線を落として考え込んでいると、セレーナがにやりと笑う。
「心配そうな顔をしてるね」
「……は?」
「ふふ、君、見た目は無骨だけどやっぱり優しいんだな」
憮然とした表情をするが、セレーナには通じない。
「やっぱりってなんだ」
「君は僕の知人に少し似ている気がするよ。武骨で粗野なのに優しい感じが」
「それは悪口だろ」
「信頼できそうってことだ」
セレーナがとんっとルシの肩を叩く。
……飄々としたやつだ。

「きゃあ!」
部屋の中で召使いが叫んだ。
「何事だい?」セレーナが部屋へ入る。
部屋の真ん中には小鳥が転がっている。
羽が傷ついた様子で、ばたばたともがいている。
「ま、窓にぶつかった小鳥が……」
何が怖いのか、遠巻きに小鳥を眺めている。

その時、アリスがすたすたと小鳥へ近づく。
下した長い髪と、服の裾が揺れる。
「ひゃっアリス様!おやめください!」
「大丈夫ですよ」
アリスは微笑む。
そっと、小鳥を両手で包む。瞳が淡く光っていた。
「羽が傷ついてる……」
その手からふわりと光が広がる。
白くて、柔らかな光だ。
「ほら、もう大丈夫だよ」
窓際へ歩いていく。
手を広げると、小鳥が空へ飛び立っていった。
セレーナも、召使いも、言葉が出ない様子だった。

俺はアリスの治癒魔法はいつも美しいなと思う。

アリスは窓の外を眺めている。

「アリス、君は治癒魔法が使えるのかい?」
「……はい」
アリスは首を傾げている。
「明日、手を貸してくれないだろうか?」
セレーナは言った。

翌日、セレーナに案内されたのは医務室であった。
ベッドが並べられ、薬草のにおいが漂い、棚には様々な瓶が並べられている。
治癒魔導士が薬草を煎じたり、患者の様子を窺ったりしているようだ。

魔導士は人口が少なく、そのほとんどが王や国に雇われている。
こんなに多くの魔導士をまとめて見たのは初めてだった。

「落馬事故でね、怪我をした騎士を治せるかい?」
ある患者の前で、セレーナが言う。
「はい、まずは診させてください」
アリスの目線はすでに騎士の方へ向いていた。
ベッドに横たわる騎士は、眠っている。
俺にはぱっと見どこを怪我しているのかわからなかった。
アリスは隣に座り「怪我の様子を見せてくださいね」と静かに話しかけた。

手で騎士の腕に軽く触れると、小さく頷いている。
今度は両手を胸と腹の上にかざす。
薄紫色の瞳が光り、手の周囲の空気がゆったりと動いている。
アリス自身から柔らかな光が溢れる。
それが腕を伝い、手のひら、騎士の体へと移動していく。
しばらくその姿勢のまま、静止する。
時間の流れが緩やかに感じる。そして、静かだった。

騎士の頬を涙が伝っていく。
アリスは指先でそっと拭った。
「もう、だいじょうぶですよ……」
そう言って立ち上がった。
「しばらくは安静にしていてください」

不思議な光景だったが、美しさがあった。
かつて自分もあのように助けられたのか……。
霧の森を思い出す。

「彼はまた……立つことができるかい?」
セレーナの声が、かすかに震えている。
「完治まではしばらくかかりますが、歩けますよ」
アリスが微笑む。
「……ありがとう」

他の治癒魔導士が呆気にとられている。
おそらく彼らには、あの騎士が治せなかったのだろう。

よく見る魔導士の治癒魔法は技術であったが

……アリスの魔法は、祈りに似ている。

俺には魔法はわからなかったが……。

医務室を出ると、セレーナはアリスへ向き直った。
「試すようなことをして申し訳ない」
「え?治ってよかったです!」
セレーナはアリスの技量が、どれほどか測っていた。
国の命運を懸けるのだから、当然ではある。
気づいていないのは、アリス本人だけだった。
「彼はもう、歩けないと言われていたんだ……本当にありがとう」
本心のようだった。この団長も”信頼できる”人間だろう。
「ふふ、お役に立てて嬉しいです」
アリスは屈託なく笑う。
「何かお礼をさせてくれないか?」
セレーナが言う。
アリスは「本が読みたい」と笑った。

図書室で次々と本を選び、俺に渡してくる。
結局山積みの本を持って部屋へ戻る。
「読み切れるのかい?」とセレーナが驚くと
「早く読むのが得意なんです」と笑っていた。
アリスはヴォルマノス直伝の速読が特技だった。
小屋で初めて見たときは、俺も驚いた。

ベッドで本を読んでいると、アリスも本を持ってきて横へ座る。
「あれ?ルシ、それはなに?」
俺の横に置いてあるアストロラーベが気になったようだった。好奇心に満ちた表情をしている。
「アストロラーベって道具」
手渡してやると、両手でそっと受け取る。
「きれいだなぁ!何に使うんですか?」
「星の観測とか、時間とか位置の測定に使ったりするもの」
「じゃあ、ルシといれば道に迷わないね」
アリスがにこっと笑うが、真っ直ぐには受け止められない。
「どうかな……」
俺の言葉にアリスが首を傾げる。

「ルシはわたしを連れてってくれるひとだよ」
「……なんで?」
「うーん、そう思うからかなぁ」
「じゃあ迷ったら一緒に迷子だな」
自信が無くて冗談でごまかす。
「わかった」
だけどアリスは深くうなずいた。

「ねえ、この星の本は小屋になかったですね」
そういって図書室から持ってきた本のページをめくる。
「……そうだな」
それは、かつて自分が読んだことのある本だった。
同じものを選んでいる……。
「あ、これは小屋からは見られない星ですね」
細い指でページを指す。
「全て見るなら星の中心あたりで一年見続けないとな」
「それも楽しそう!アストロラーベも持っていこうね」
顔を見合わせて、笑う。

そんな穏やかな旅なら行ってみたいと俺は思った。

そしてまた、本へ目を落とす。
ぱらり、ぱらりと心地良い音が部屋に響いていた。



本日もお疲れさまです。

アリスの治癒魔法が他の治癒魔導士よりはるかに優れていることがわかる回でした。それはなぜなのかは今後明かされていきます。

ルシはアストロラーベをお守り代わりに持っています。なので使いこなしてはいないんじゃないかなと思います。そこまで興味なさそう。
見た目が可愛いので持たせています。

今回のBGMはAmy Winehouseさん。レトロソウル感がかっこいい。
歌声がハスキーで大好きです。もう新しい歌を聴くことが出来ないのが寂しいです。

それではまたどこかで。

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