「35年間、言えなかった」―その一言を受け止めた夜、占い師は言葉ではなく祈りを紡ぐ。
こんにちは。時として、占い師という一つの隠れた一面を持つこともある、友吾☆彡です。
noteで日々の雑感や占いや時には短編小説など多くの分野にまつわる話を綴りながら、期間限定で一件一件、おひとり様一回限りの無料のタロット鑑定をお受けしていたことが、そう遠くない過去の一時期にありました。(※今現在、お試し無料鑑定は休止中です)
お陰様で、少しずつではありますが、様々な方からご相談をいただくようになりました。人生の岐路に立つ方の背中をそっと押すお手伝いができればと、日々カードと向き合っております。
ほとんどのご相談は、恋愛や仕事、人間関係についてです。もちろん、どのご相談もその方にとっては切実な悩みであり、どれ一つとして同じものはありません。
しかし、ある日、いつものように頂いていた無料お試し鑑定のご依頼のメールを開いた私の指が、ふと、止まりました。
そこに綴られていたのは、これまで私が受け取ったどの言葉よりも、重く、そして静かな、魂の叫びでした。
一通のご相談
ご依頼をくださったのは、40代の女性の方でした。
個人情報や具体的な内容は伏せさせていただきますが、彼女が打ち明けてくださったのは、幼いころ、ごく近しい身内からされた、魂を深く傷つけられるような出来事でした。
その記憶が「足かせ」となり、40歳を過ぎても、ご自身の幸せを心から許すことができない、という風に、そのご相談の文章からは感じ取られました。
「つらい過去を忘れて、私は幸せになれますか?」
その短い問いかけの裏にある数十年の苦しみを思うと、私は安易な言葉を紡ぐことができませんでした。
これは、単にカードを引いて吉凶を占うような、そんな次元の話ではない。
一人の人間が、その人生の全てを懸けて発した問いなのだと、背筋が伸びる思いがいたしました。
無料鑑定であっても、一期一会
私は、初めてのご縁の有った方からのご依頼による無料のお試し鑑定であっても、有難いことに私の価値を認め必要として頂いて再びまたは繰り返しご依頼いただける有料の鑑定であっても、その一回一回に込める心構えに何ら変わりはありません。大それたことではありませんが、そう決めていました。
なぜなら、ご依頼の文章の向こう側には、それぞれに一人一人違う生身の心を持った一人の人間がいて、その方との出会いは、どのような形であれ、その一回一回がそれぞれ一度きりの尊い「ご縁」だからです。
特に、今回のようなご相談は、占いをして来た私自身が試されているのだと感じます。
私の知識や技術より、もっと深い意味で、人間としての誠実さが問われているのだ、と。
だからこそ、私はいつも以上に深く集中し、ご依頼者様の幸せを願いながら、カードを引きました。
私がカードから紡いだ言葉
そして私が引いたカードから私自身が導かれるように適切なアドバイスへのヒントを得て、その結果、私が鑑定を通してお伝えしたのは、「過去を『無かったこと』にして忘れ去る」ことだけが、幸せへの道ではない、ということでした。
無理に忘れようとすれば、心はかえって抵抗します。
大切なのは、その深い傷を抱えながらも、今日まで懸命に生きてこられたご自身の強さと尊さを、まずご自身が認めてあげることです。
「よく頑張ってきたね」「つらかったね」と、ご自身の心に寄り添い、その痛みを優しさで包み込むこと。
カードは、その痛ましい経験こそが、他の誰にも真似のできない、深く、本質的な優しさとなって、これからのご依頼者様の人生を照らす「光」に変わっていく可能性を、はっきりと示していました。
それは「足かせ」ではなく、あなたをあなたらしく輝かせる「力」になるのだと。
私は、カードが示す希望の光を、一つひとつ丁寧に言葉にしてお返ししました。
最後に
この記事を書きながら、私は改めて考えています。
人は誰しも、多かれ少なかれ、言葉にできない荷物を背負って生きているのかもしれません。
そして、その荷物こそが、その人の人間的な深みや魅力になっている。
私は日々、そう感じています。

