『私は、いったい何?』と心が囁くあなたへ。63歳、人生の“午後”から見える景色
こんにちは。人生という名のバーへようこそ。
マスターの私、このカウンターに立ち続けて、もうずいぶんと経ちました。
今宵は、多くのお客様、特に人生の坂のちょうど真ん中あたりを歩いている40代、50代の聡明な女性の方々が、ふとした瞬間に胸に抱く、静かな問いについてお話ししたいと思います。
それは、賑やかな日常が過ぎ去った夜更けや、ふと鏡に映る自分を見た時に、心の奥から囁き声のように聞こえてくる、あの感覚。
「『〇〇ちゃんのお母さん』でもなく、『誰かの妻』でもなく…だったら、『私』って、一体誰なんだろう?」
子育てに追われ、仕事に走り、家族のために尽くしてきた。
たくさんの役割を、あなたは懸命に、そして見事に演じきってきたのでしょう。
しかし、子どもさんが手を離れ、旦那様との会話も減り、ふと静寂が訪れた時、まるで自分だけが空っぽの舞台に取り残されたような、途方もない孤独と虚しさに襲われる。
「私の人生、これで良かったのかな」
「これから先、何を楽しみに生きていけばいいの?」
その焦りと寂しさ、痛いほどよく分かります。
なぜなら、私自身もまた、少し形は違えど、同じような「役割の終わり」を経験してきた一人だからです。
会社での肩書を失い、社会との繋がりが薄れた時、私もまた「自分は何者なのか」と、深い霧の中を彷徨った時期がありました。
そんな経験をしたからこそ、今、あなたにお伝えしたいことがあります。
それは、「その感覚は、人生の『次の扉』が開く合図ですよ」ということです。
焦って「何か」になろうとしなくていい
今、あなたは「何か新しい役割を見つけなければ」「何か夢中になれる趣味を探さなければ」と、無意識に焦っているかもしれません。まるで、空っぽになったスケジュール帳を、無理にでも埋めようとするかのように。
ですが、少しだけ待ってください。
今は、無理に解決しなくてもいいのです。
考えてみてください。
何十年もの間、あなたはたくさんの荷物を背負って、急な坂道を登り続けてきたのです。
その荷物を降ろしたばかりの肩で、すぐに新しいリュックを背負う必要などありません。
今のあなたに必要なのは、「何かになる」ことではなく、「何者でもない自分」を、ただ静かに味わう時間です。
それは、例えるなら、長旅を終えた船が、次の航海に出る前に港で羽を休める「凪(なぎ)の時間」。
この凪の時間こそが、これまでの航海で船体に受けた傷を癒し、次に向かうべき海路を穏やかに見定めるための、何よりも大切な時間なのです。
「孤独」は、「個」を取り戻すための聖域
「孤独が怖い」と感じますか?
そうですね、その気持ちも分かる気がします。
しかし、男として生きてきた、私の視点から見てみると、孤独とは、自分自身と向き合うための「聖域」でもあります。
多くの男性は、若い頃から「一人前の男になれ」と言われ、弱音を吐かずに一人で物事を解決することを求められます。
辛い時ほど、自分の書斎やガレージにこもって、静かに自分と対話する時間が必要なのです。
あなたが今感じている孤独も、それと同じようなものなのかもしれません。
誰かのためではなく、ただあなた自身のために使う時間。
誰の評価も気にせずに、ただ、ぼーっと空を眺めたり、昔好きだった音楽を聴いたりする時間。
その静かな時間の中で、あなたは少しずつ、他人の評価や役割という名の「鎧」を脱ぎ捨てていくのです。
そして、鎧の下に隠れていた、素顔の「私」の本当の声に、耳を澄ませてみてください。
「本当は、何が好きだったんだろう?」
「昔、何になりたかったんだっけ?」
答えはすぐに見つからないかもしれません。
それでいいのです。
大切なのは、「自分に問いかける」という行為そのものです。
その問いかけが、あなたの内側に眠っていた本当の羅針盤を、ゆっくりと目覚めさせてくれます。
マスターからの処方箋:「小さな好き」を集めることから
もし、何か一つだけ、今日からできるアドバイスを、と言われたら、私はこう答えるでしょう。
「大きな『生きがい』を探す前に、道端の小石を拾うように、『小さな好き』を集めてみてください」と。
近所のパン屋さんの、焼きたてのクロワッサンの香り。
雨上がりの、アスファルトの匂い。
肌触りの良い、新しいタオル。
たまたまテレビで見た、古い映画のワンシーン。
・・・そんな、誰に褒められるわけでもない、ごく個人的で、ささやかな「好き」や「心地よい」を、一つひとつ丁寧に拾い集めていく。
その小さな好きが、少しずつ集まって、やがてあなたの「人生の午後」を彩る、美しいモザイクアートのような「あなただけの生きがい」になっていくことでしょう。
「何者でもない私」は、決して空っぽなのではありません。
それは、これから何にでもなれる、無限の可能性を秘めた「まっさらなキャンバス」なのです。
さあ、焦らず、あなたのペースで。
これから、そのキャンバスにどんな絵を描いていくのか。
その物語を、またいつかこのバーで、ゆっくり聞かせてください。
お待ちしております。
