真犯人は校長先生第12章:死角なき光学迷彩 2
七月十九日、日曜日。
期末試験の前日。
神崎麗奈は、自宅の豪華な自室で、明日の試験に向けて完璧な優越感に浸っていた。
彼女の手元のスマートフォンには、学校の全教職員と主要メディアのアドレスがセットされた、一斉送信アプリが起動している。
「明日の朝、私が満点で試験を終えた瞬間に、この学校の支配権は完全に私のものになる……」
彼女が自室の鏡に向かって髪を整えていた、その時だった。
彼女のスマートフォンの画面が突如として暗転し、不気味な黒い背景に、一本の「万年筆」のイラストが浮かび上がった。
「な……何これ? バグ?」
画面をタップしても、電源ボタンを長押ししても、端末は一切の反応を受け付けない。
それどころか、部屋の隅にあるノートパソコン、さらには彼女の父親の書斎にある「神崎グループ」のホームサーバーのインジケーターが一斉に、異常な速度で赤色に明滅を始めた。
『こんばんは、神崎麗奈さん。お邪魔しているよ』
スマートフォンのスピーカーから流れてきたのは、合成された、高坂蓮と佐藤健太の声を混ぜ合わせたような、冷徹な少年の声だった。
「あなたたち……まさか、ハッキング!? 無駄よ! 私の家のサーバーは、父の会社の最高峰のファイアウォールで守られているのよ!」
『うん、そうだね。外側からのハッキングなら、僕たちでも突破するのに一週間はかかったと思う』
画面の中の万年筆が、静かに回転する。
『でもさ、神崎さん。君が金曜日の放課後、職員室の掲示板から「隠しカメラ」を回収し忘れていたのは、最大の計算ミスだったね。校長先生が回収したあのカメラの通信モジュールを踏み台にして、君のスマホの「MACアドレス(固有識別番号)」を完全に偽装(スプーフィング)したんだ。君のスマホが自ら『安全な身内』として自宅のWi-Fiに接続した瞬間、僕たちの作ったウイルスは、君の家のサーバーの内部から、全てのセキュリティを無効化したんだよ』
「あ……、ああ……!」
神崎麗奈の顔から、完全に血の気が引いた。彼女が絶対の安全を信じていた「実家の盾」は、彼女自身が持ち込んだカメラのノイズによって、内側から完全に瓦解していたのだ。
『現在、君のスマートフォン、パソコン、そして実家のバックアップサーバーに保存されていた、黒木校長先生の潜入写真のオリジナルデータ、および複製データを全て検知しました。これより、完全消去(フォーマット)を開始します』
「待って! やめて! それがなくなったら、私は……!」
『3、2、1。――消去完了(クリーン)』
画面の万年筆のイラストが消え、スマートフォンは通常のホーム画面へと戻った。
しかし、彼女がいくらフォルダを探しても、あの「校長先生の写真」は、影も形も残っていなかった。
教育委員会の独立監視サーバーの元データすらも、高坂君のルート権限奪取によって、完全に灰に帰していた。

