ミラの合気道 勝利の味は畳の香り
「……先生、無茶を言わないで。さっきから私、この道場の畳の品質テストばっかりさせられてるのよ。五回もこの『一番弟子』さんと踊ったら、私の脳みそがスクランブルエッグになっちゃうわ」
ミラは道着の裾を握りしめ、濡れネズミのような佐伯を睨んだ。だが、白髪の師範は慈愛に満ちた(あるいは、悪魔のような)微笑みを崩さない。
「ミラさん、合気道とは『調和』です。相手の動きを拒むのではなく、自分の一部として取り込みなさい。五回勝負のうち二回でも彼を畳に沈められたら、あなたが背中から解き放った『鍵』の、本当の回し方を教えましょう」
一戦目と二戦目、ミラは見事に空を切った。佐伯の体は、まるで重力という概念を忘れたかのように、ミラの突進を柳のように受け流す。説明によれば、合気道における「入身」は、相手の死角へ一歩踏み込むことで、敵の攻撃エネルギーを無力化する。ミラは三戦目、その教えを「亞里亞への怒り」に変換した。
「……私の鍵が消えたのは、逃げるためじゃない。こじ開けるためよ!」
三戦目、ミラは佐伯の手首を掴む代わりに、彼の懐へ飛び込み、自分の軸を独楽のように回転させた。遠心力に弾かれた佐伯の体が、初めて大きな音を立てて畳に沈む。四戦目も、彼の呼吸の合間を縫うような鋭い「転換」で、ミラは勝利をもぎ取った。
「……あら、一番弟子さん。宇宙の回転に酔っちゃったのかしら?」
運命の五戦目。ミラはもはや「力」を使っていなかった。佐伯が伸ばしてきた右手を、まるで親しい友人を招き入れるように自分の円の内側へ導き、そのまま床へと誘った。三勝二敗。ミラの完全な勝利だった。
「見事です、ミラさん。あなたは『力』を捨て、ようやく『流れ』を掴んだ。……約束通り、鍵の本当の役割を教えましょう。それは、扉を開けるための道具ではありません。この世に溢れる『嘘』という名の錠前を、一つずつ壊していくための指針なのです」
先生はそう言うと、懐から一通の、古い消印が押された絵葉書を取り出した。
「……ミラさん。この絵葉書、宛先は亞里亞さんになっていますが、消印の日付は『明日』になっていますよ」
