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【noteでBL】2階にベッドがあった理由


「……それで、その。夜になると、天井のあたりを、トトト……って何かが走るような音がして。あと、誰もいないのにギシッ、ギシッと……あぁ……」

​役場の会議室で、石井は声を震わせて何やら話している。その隣では、まちづくり推進課の小岩井が弁当を広げて昼食をとっている。

「何か、怖いなー……怖いなー…って、羊を一匹、二匹と数えていたら朝になってしまって……」
「それは大変でしたね」
「一体、何の音なんでしょうね…」

すっかり弱った様子で、石井は弁当箱からタコの形に切られたウィンナーを取り出してパクッと食べた。

「………古い家ですから。ネズミか…、それかイタチか何か……。冬眠場所を探してるのかもしれませんね。後日、確認に伺います」
「ネズミが走ってるんですか?……何だか、それだと追い出すのは可哀想ですね」

と呑気に弁当をつつく石井を小岩井はしばらく見つめてから「あぁ、そっか…」と一人何やら頷いている。

「石井さんが想像するようなものではないですよ。火事の原因の一つでもあるんです」
「えぇっ!?ネズミで火事になるんですか?」
「はい」

と小岩井は頷く。

「衛生面の心配もありますが、電線をかじったりしてしまうので漏電からの火事になりやすいんです」
「わぁ……」

石井は箸を止めて言葉を失った。
脳内ではモルモットのように可愛らしかったネズミの顔つきが、どんどん悪どくなっていく。

「しないとは思いますが。ネズミに餌を用意などはしないで下さいね」
「肝に銘じます…」

一人暮らしの寂しさが少し紛れるかも?などと楽観的に考えていた石井は表情を引き締めて、頷いた。



​───それから数日後。
空が白く淀み、曇っている日の午後、小岩井は細身の女性と共に作業着姿で石井の家を訪れた。
女性は小岩井と同じ課の所属の、伊藤と名乗った。

小岩井は普段は裸眼のようだったが、鼻筋には銀縁のメガネが乗っている。普段の無骨な印象に加えて冷徹さを感じさせる。

その横に並ぶ伊藤も細身で背が高く、作業をしやすいように髪を上で一つにまとめて、縁の厚いメガネをかけている。愛想笑いの無い二人が並び立つ姿は圧巻だった。

​「よろしくお願いします」

そんな二人を迎えて、石井はぺこりと頭を下げた。

小岩井と伊藤は無言で会釈すると、早速、家の周辺を手分けして見回ったり、外壁等をチェックしはじめた。

そして何か気がつくと、伊藤は小岩井を「コイ!来て」と呼び、二人肩を並べて何やら話し合っている。
そわそわしながら、石井も何か異変が無いか、屋根裏などをチェックして歩き回っていた。

それから中もある程度見回り、石井はお茶を用意して、3人で居間に集まって対策を話し合った。

​「足音はしなかったけど、建付けの軋みはあるね。放っとくと雪の重みで歪む可能性もあるから、業者呼んだ方がいいかも」

と珈琲を一口飲んで、伊藤が言った。

「石井さんは小さいから、あまり屋根の下うろつかないようにね」

伊藤は全く歯に衣を着せない。
むしろ、そういう所が石井は小気味よく感じていた。

「は、はい」
「屋根の雪に氷が混ざっていたりすると、鍛えた人間でも足をとられてしまい、脱出することが難しい場合もあります。一人の時は助けを呼べるように空洞は確保してください」
「分かりました」

伊藤の言葉に補足を付け加えるように、小岩井が言う。雪に潰れるイメージしか浮かんでいなかった石井にも伝わり、想像がしやすかった。


​「ありがとうございます…」

​夜な夜な悩まされていた音が、怪奇現象では無かったと知れて石井も一安心だ。

ホッと胸をなでおろした石井は、小岩井の明るい薄茶色の瞳が、居間の隅に向けられている事に気が付いた。
そこには、中途半端に組み上がったシングルベッドのパーツが、横たわっている。

伊藤も小岩井の視線につられて目をやり、気が付いたようだ。
石井が恥ずかしそうに頭をかく。

​「これ。自分で完成させちゃおうと思ったんですけど、手が滑って足の指を潰しかけちゃって」
「…………」
「…………」
「青木さんち、何時まで行けばいいんだっけ?」

腕の時計を確認して、伊藤が小岩井に尋ねる。

「出かけてくるらしいから、確か15時だったな」
「それならまだ時間があるね。手伝おうか?」
「えっ?いいんですか?」

伊藤からの親切な申し出に、石井は驚いて目を丸くする。

「これくらいの事ならよくあるし。石井さんは役場の貴重な若手だからさ」
 
伊藤も同じ『若手』だろうに、まるで年長者であるかのように言う。
頼りになる…、と内心、石井は感心していた。
 
「助かります。それでは…、2階に運ぶのを手伝ってもらえますか?」
「これ、2階で使うの?最初から2階で組み立てなよ」
「ごもっともです」

快活に笑う伊藤に、石井も笑って返した。
この遠慮の無い物の言い方に、かつての友人の顔が石井の脳裏に浮かぶ。
彼もきっと、同じ事を言っただろうなと、少し懐かしく思えた。

​「実は組み立ての続きは、隣の坂木さんに頼んでいまして。後で一緒にやる予定なんです」
「へえ。坂木さんって、どんな人だっけ?コイ知ってる?」
「挨拶に来てたな」
「あー、思い出した。優しそうな人だったね」

​知り合いなのだろうか、伊藤と小岩井のやりとりを見ていると微笑ましい。
短い付き合いではないように、石井からは見えた。

小岩井は、スッと袖を捲り上げた。

​「コイツ話し出すと長いんで、始めましょうか」

まだ何か話している伊藤をスルーして、小岩井が言う。小岩井もなかなかに遠慮が無い。

「ジャンケンする?」
「俺が下で持つから、引き上げてくれ」
「わかった」

話が早く、トントン拍子に進んでいく。

「あ、僕も下で支…」
「「石井さんは先に上に行ってて。下さい」」

手伝おうと申し出た石井に、二人の声が重なった。



​細身からは想像もつかないような力強さで、伊藤はシングルベッドの端を持ち上げた。まくり上げた二の腕がたくましく隆起している。鍛えているのだろうか。
下で支える小岩井の腕も一回り以上は太くたくましい。

石井はただ、(僕も筋トレ始めようかな…)と二人を見守る事しか出来ない。
伊藤より先を歩いて、石井は2階の部屋のドアを開けて中で待つ。

ベッドを中に運び入れると、伊藤は手をパンパンと払いながら、天井をぐるりと見回していた。

「あぁ、あったあった」

と言い、天井の隅を指さした。

「見える?」

と伊藤に言われるが、石井は何のことやら分からず、顔から血の気が引いていく。
一体、伊藤には何が『みえて』いるのだろう。

「石井さん、シミです」

怯える石井に、小岩井が助け舟を出す。
空気が抜けていくように、石井は大きく息を吐いた。

「何だと思ったの?」
「雨漏りの可能性もあるな」

伊藤を遮って、小岩井がかぶせる。
気にした様子も無く、伊藤は続けた。

「ついでだから、ここの修繕も頼んどくわ」
「何から何まで…ありがとうございます……」

鮮やかな仕事ぶりに、石井は頭が上がらなかった。



まだ見回る所がある二人を玄関で見送り、石井は握りこぶしを作って腕を折りたたんでみる。
ふにゃりとした腕が、もちっと境目を作っただけだった。



◇◇◇

地方移住組BLの行間的なお話。

もはや、地方を描写するのが楽しいシリーズになってるかもしれない

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