見出し画像

沈黙(#せりふ三題噺)

「⋯⋯」
「⋯⋯」

 沈黙が辺りを満たしている。二人は黙々と目の前のものに集中していた。

「おやおや? 何やら張りつめた雰囲気だね」
 明るい声が突如割り込んでくる。

「もう、かれこれ一時間もそうやっているじゃないか。一言も喋らず、よくもまあ飽きないものだ」

 声の主は楽しげに笑った。

「二人の間に吹いているのはすきま風かな? それにしたって、もう少しお互いを気遣って会話してもよさそうなものだけれど。どうだい、お互い趣味の話などしてみては」

 私なら、趣味のレース編みについて話すだけで三時間は会話できるよ、と声の主は茶目っ気たっぷりに言う。

「二人とも、いいかげんに何か話したらどうかな。気まず過ぎて胃に穴が空きそうだよ。⋯⋯本当に穴が空いていたらどうしよう。明日、胃カメラで見てもらわなくちゃ」

 急に不安になったのか、声が早口でまくし立てる。

「とにかくだね、目の前のものを一端置いて、お互いの顔を⋯⋯」

 そこで声が途切れた。

「あー、食った食った」
 二人のうち、男のほうが手に持っていたものを置き、腹をさする。

「おいしかったね」
 女の方もほうっと深く息を吐いた。

「しかし、あれってやっぱり本当なんだな」
「あれって何?」
 男の言葉に、女が聞き返す。

「かにを食べているときは、どんな人でも無言になるって話」


こちらのお題で書かせていただきました。

画像は、みんなのフォトギャラリーよりお借りしました。

#せりふ三題噺
#胃カメラかにレース

この記事が参加している募集