【掌編小説】第二ボタン(#せりふ三題噺)
風に舞う花びらが、差し出した手のひらにそっと着地する。
「先輩、まだかなー」
亜希は手のひらにふぅっと息を吹きかけて、花びらを再び風に乗せた。
(絶対に、言うんだ。第二ボタンください、って)
まだ人気の少ない駐輪場で意気込んだ亜希は、手のひらをぎゅっと握り込む。
「お、亜希じゃん」
その声に勢いよく振り返ると、待ち人がそこにいた。
「誠也先輩⋯⋯。卒業、おめでとうございます」
「おう、ありがとう。今日が最後とか、まだ実感ねぇんだけど」
そう言って笑う誠也を、亜希はじっと見つめる。制服の第二ボタンは⋯⋯。
「あ、これ! お前に渡そうと思ってたんだ。忘れるところだった」
慌てて誠也が差し出してきたのは、小さなレジ袋。亜希は見覚えのあるそれにゆっくりと息を飲んだ。
「これをお前にあげるのも、最後だな」
亜希はそっと袋を受け取り、中身を取り出す。甘く香ばしい匂いがふわりと立ちのぼった。
「たい焼き⋯⋯」
「いつもの通り、みんなには内緒だからな」
誠也がいたずらっぽく笑う。亜希も頬を少し緩ませた。
(私が落ち込んでるとき、いつも先輩はこっそりたい焼きをくれるんだよね)
俺んちの店で作ってんだけど、と誠也は甘い匂いをまとわせてこのたい焼きを差し出す。そうして、きまって言うのだ。みんなには内緒だからな、と。
「ありがとう、ございます」
涙声で言う亜希に誠也は笑って、「じゃあな! これからも頑張れよ!」と風のように去っていった。
「あ、先輩、待って!」
亜希は慌てて引き止めようとしたが、彼の姿はもうそこにはなかった。
「⋯⋯先輩の第二ボタン、もうなかった」
ほろりと涙をこぼす亜希の耳に突然、「くぁーっ、焦れったい!」という声が聞こえた。
「だれ?」
「あんたの手の中の、ほれ」
亜希の手の上でたい焼きがはねる。
「うそ、たい焼きが⋯⋯」
「あんまり焦れったいんで、つい出てきてしもた。あんた、あいつの第二ボタン、欲しかったんやろ」
「⋯⋯うん」
非現実的な状況をいったん脇に置くことにした亜希は、たい焼きに素直に返事した。
「代わりになるかわからへんけど、わしの第二ボタンあげるさかい、この身を真っ二つに割ってくれへんか?」
「え? なんて?」
ツッコミどころが多すぎて、亜希は目を白黒させる。
「あんたが健気でかわいそうやから、しゃーなしやで」
「割っていいの? 痛くない?」
亜希がこわごわ尋ねると、たい焼きは豪快に笑った。
「痛いわけがあらへん。というかあんた、たい焼き食べるときはいっつも真っ二つにしとるやろ。わし、知っとるんやで。あんたは頭からでも尻尾からでもなく、真っ二つに割って真ん中からかじるタイプや」
言い当てられた亜希は、びくりとした。
「そ、それはそうだけど。でも、たい焼きの第二ボタンって」
「あんたが第二ボタン欲しかった理由は?」
「そりゃ、心臓に一番近いから⋯⋯つまり⋯⋯」
「ほな、たい焼きの心臓は何や?」
「⋯⋯あんこ?」
「ご名答!」
たい焼きはビチビチとはねた。
「せやから、わしのあんこの所、よう見てみぃ」
亜希は覚悟を決めて、たい焼きを真ん中で二つに割った。
「あれ? 何か入ってる⋯⋯」
あんこの中で鈍い光を放つそれを、そっと抜き取る。ころりと手のひらの上に乗ったものは。
「ボタン。⋯⋯先輩の、第二ボタン!」
亜希は手のひらをぎゅっと握り込む。
「先輩ったら、こんな回りくどいこと⋯⋯」
沈黙を守るたい焼きに、亜希はそっと微笑んだ。
最近はブレザーの制服も多いみたいですが、第二ボタンの文化ってどうなっているんでしょうか。
本当は静かな雰囲気の掌編小説にしようと思っていたのですが、関西弁のたい焼きが横からしゃしゃり出てきてしまいました。
ちなみに、私もたい焼きを真ん中から食べるタイプです。
こちらのお題で書かせていただきました。ありがとうございます。今からたい焼き食べてきます。
画像は、みんなのフォトギャラリーよりお借りしました。
