【ショートショート】靴下(#せりふ三題噺)
びゅんびゅんと風が吹き抜けるなか、コートの前を合わせて顔を背けながら歩く。
(せっかくの遊園地デートなのに、強風でアトラクションは休止になるし、景色もまともに見られないなんて)
美琴はため息をつき、隣りを歩く貴史を横目でこっそりと見る。
「どうしたの?」
美琴の視線に気づいた貴史は、にこりと微笑んだ。
(こんな強風のなかでもカッコいいって、どういうこと?)
美琴はそっとうつむき、「⋯⋯なんでもない」と歩を進めた。
「あ、あれ見て」
貴史が弾んだ声を上げる。チュロスの甘い匂いを漂わせるキッチンカーの隣りに、靴下が並んでいる店があった。
「クリスマス用かな。かわいい靴下がいっぱいあるね」
貴史がウキウキと店に近づき、靴下を眺める。そんな彼もかわいい、と美琴も相好を崩しながら彼の隣りに立った。
「いらっしゃい」
奥からのっそりと大きな体躯の男性が出てくる。ファンシーで可愛らしい靴下といかつい店主とのギャップに一瞬目を見張った二人は、続く言葉にその目を輝かせた。
「好きな靴下を選ぶといいよ。中にちょっとしたクリスマスプレゼントが入っている。中身は買ってからのお楽しみ」
二人は顔を見合わせ、それから真剣に靴下を吟味し始めた。
「中に何か入ってるようには見えないけどなぁ」
「小さいものなんじゃないの」
散々迷った後、それぞれ気に入った靴下を店主に差し出す。
「お嬢さん、いいのを選んだね」
店主の言葉に、えへへと美琴は笑った。貴史も「きっと良いものが入っているんだね!」と笑って言う。
「じゃあ、一緒に中身を見てみよう! せーの」
二人はそれぞれの靴下をのぞき込んだ。
「あ、かわいい!」
声を上げたのは貴史だ。その手にはマシュマロが握られていた。薄桃色でウサギの形をしている。
「ほんと、かわいいね! さて、私のは⋯⋯」
ウサギのマシュマロを持つ貴史の姿にほっこりしながら、美琴は自分が選んだ靴下の中を探る。しかし、手の平にころんと出てきたのは。
「あれ? 亀?」
薄緑色の、亀の形をしたマシュマロだった。
「なんで、亀。かわいいけど」
美琴は少し引きつった笑みを浮かべながら、亀のマシュマロを指先で軽く押す。プニッと柔らかく押し返される感触がした。
「いいじゃん、亀。おれ、好きだけどな」
のほほんと言う貴史にまた魅了された美琴は、「ま、いっか」と機嫌を直した。
二人は靴下をぶら下げながら様々な店を冷やかし、観覧車の前までやって来た。風は穏やかになり、少しだけ日も差している。
「観覧車、運転再開だって! 乗りたい!」
美琴が貴史の腕を引っ張ると、「じゃあ、乗ろうか」と貴史もにこりと笑って応じた。
「うわー、景色きれいだね! 天気も良くなってきたし」
二人が乗るゴンドラは、ゆっくりと空へ近づいていく。美琴がはしゃいだ声をあげて貴史を振り返ると、貴史がじっと美琴を見つめていた。
(恥ずかしい、かも)
熱っぽい視線に落ち着かなくなった美琴は、モゾモゾと座り直す。そして、ちらりと上目遣いで貴史を見た。
(とっても、いい雰囲気⋯⋯)
ゴンドラは空に一番近い位置に辿り着いていた。二人の距離が徐々に近づき、そして。
「きゃあ!」
強い風がゴンドラを叩くように吹き荒れる。その直後、観覧車が止まった。
「何が起こったんだろう⋯⋯」
周囲を見回して呟く貴史に、美琴はぴたりとくっついて不安そうにうなずく。その時、場内アナウンスが流れた。
「強風のため、観覧車が停止しました。すぐに救助が参りますので、皆様慌てずに、そのままお待ちください」
「すぐに救助って言ったって⋯⋯うわっ!」
「きゃあ! こんなに風が強いんじゃ、ゴンドラがひっくり返っちゃう!」
てっぺんにあるゴンドラは、風にあおられて激しく揺さぶられ、中にいる二人もあちこちに体をぶつけてしまう。
「どうしよう、誰か助けて⋯⋯」
その呟きに応じるように、美琴が握りしめていた靴下がもぞりと動いた。そろりと顔をのぞかせたのは、薄緑色の亀。
「亀が、出てきた⋯⋯。マシュマロだったはずなのに」
「こっちも、ウサギが出てきたよ⋯⋯」
美琴が呆然としていると、隣りで貴史も目を見開きながら指をさす。見ると、薄桃色のふわふわしたウサギがいた。
「え、どんどん出てくるんだけど⋯⋯」
亀もウサギも、靴下の中から続々と出てくる。そして、器用にゴンドラの鍵を開け、外へ飛び出した。
「危ない!」
美琴は思わず叫ぶ。しかし予想に反して、亀たちもウサギたちも風に乗ってふわりと浮いた。そして、亀は亀の列、ウサギはウサギの列を地上に向かって伸ばす。次の瞬間、亀の甲羅とウサギの背中がぐんと大きく広がった。
「これって⋯⋯」
「階段みたいにして、この上を歩けってこと?」
二人は顔を見合わせ、恐る恐るその背に乗った。美琴は亀の上を、貴史はウサギの上を歩く。役目を終えた亀とウサギは下の方まで移動して、また新しい段として列に加わった。
「これならいける!」
二人の顔に笑みが浮かんだ。しかし、亀の動きは遅く、美琴の足下の段はみるみるうちに少なくなる。美琴はしぶしぶ歩くペースを落とした。
「美琴、こっちに来る?」
貴史が美琴に手を差し出す。美琴は短い逡巡の末、そっとその手を取ろうとした。
だが。
「あ、ウサギが⋯⋯」
なんとウサギが途中で遊び始め、階段はあっという間に消えてぐちゃぐちゃになってしまった。その光景を呆然と見ていた貴史に、今度は美琴が手を差し出す。
「スピードは遅いけど、確実な方を選ぼう」
二人が手を取り合って亀の上を歩いてくる様子を、地上から見上げていた大きな影が一つ。
「やっぱり、ウサギの奴らは途中でサボりやがったか。あのお嬢さん、亀の靴下を買って正解だったな」
さて、と呟いた男は首をぐるりと回し、バキバキと指の骨を鳴らした。
「こーんな突風の原因になった奴を、懲らしめてやらねぇとな」
次の瞬間、風と共に男の姿が忽然と消える。あとには大きな靴下が一つ、ぽつんと残っていた。
季節感皆無の、クリスマスのお話になりました。
ある芸人さんの「韓国語講座」というコントの中に、「亀が⋯⋯出てきました」「いつ使うねん!」という部分があるのですが⋯⋯。
使うとき、ありましたよ!
こちらのお題で書かせていただきました。
今週も楽しかったです!
画像は、みんなのフォトギャラリーよりお借りしました。(この画像を見て、亀の相方をウサギに決めました。可愛い!)
