68歳、まだ夢の途中【vol.11】
生き難い世界で、夢を持つということ——障害者支援の現場で学んだこと
前回(vol.10)で、マインドシードの原点と「PYOL」の話を書きました。
今回は、支援の現場で出会った人たちの話をします。
僕に「それでも前に進む」ということの本当の意味を教えてくれた人たちの話です。
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## 「普通」になりたかった青年
彼を仮にAさんと呼びます。20代前半。発達障害の診断を受けていました。
職業訓練に来た初日、Aさんはずっと下を向いていた。声が小さくて、何を言っているか聞き取れない。指導員が作業の手順を説明しても、うなずくだけで手が動かない。
周りからは「やる気がない」ように見えたかもしれません。
でも僕は、彼のノートを見せてもらったことがあります。説明された手順が、ものすごく丁寧な字で、一語一句書き写されていた。矢印を引いて、自分なりの図も描いてあった。
やる気がないんじゃなかった。**怖かった**のだと思います。
手を動かして失敗したら、また「やっぱりダメだね」と言われる。その恐怖が、彼の手を止めていた。
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## 「失敗していい」と言える仕組み
支援コンパスAIを作る時、僕はこのAさんのことを考えていました。
指導員は一人で何人もの訓練生を見ている。一人ひとりのノートまでは確認できない。だからデータで見える化する。
「この人は理解はしているが、実行に移すまでに時間がかかる」
AIがそう分析して指導員に伝えれば、「やる気がない」という誤解は減る。その人のペースに合った声かけができる。
テクノロジーは人の代わりにはなれない。でも、**人が人を理解するための橋渡し**にはなれる。
Aさんはその後、少しずつ手を動かすようになりました。最初は5分で終わる作業に30分かかった。でも1ヶ月後には15分になった。3ヶ月後には10分になった。
「速い人と比べたら遅いですけど」と彼は言った。
「でも先月の自分より速くなりました。それでいいですか?」
いい。それでいいに決まっている。
比較すべきは他人じゃない。昨日の自分だ。
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## 声を上げられなかった女の子
こころポストの話をもう少しさせてください。
ある中学校に導入した時のこと。最初の2週間、通報はゼロでした。「やっぱり使われないか」と思いかけた3週目に、1件入りました。
匿名なので、誰が書いたかはわかりません。でも内容ははっきりしていた。
「毎日お弁当の時間に、一人にされます。席を移動されます。先生は気づいていません。」
管理者画面でそれを見た担任の先生は、しばらく黙っていたそうです。そして「お弁当の時間は教室を離れていたので、まったく知らなかった」と。
翌日から先生はお弁当の時間に教室にいるようにした。席替えをした。特定の誰かを叱ったわけじゃない。ただ「見ている」ということを示した。
その後、こころポストにもう1件だけ通報が入りました。
「ありがとうございます。」
それだけでした。
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## テクノロジーは冷たくない
よく「AIやテクノロジーは冷たい」と言われます。
僕はそう思わない。
冷たいのは、見て見ぬふりをする人間の方だ。
テクノロジーは少なくとも、**声を受け止めることを拒まない**。匿名であっても、深夜であっても、何度でも。
こころポストに書き込まれた言葉は、コンピュータのデータベースに保存される。MySQLのテーブルの中に、その子の勇気が記録される。
`INSERT INTO reports (content, created_at) VALUES ('毎日お弁当の時間に...', NOW());`
たった1行のSQLが、一人の子どもの世界を変えるかもしれない。
コードを書く人間として、これ以上のやりがいがあるだろうか。
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## 新人が3ヶ月で辞める会社
定着コンパスAIの話もさせてください。
ある中小企業の社長さんから相談を受けたことがあります。
「毎年、新入社員が3ヶ月以内に辞める。何が悪いのかわからない」
給料は悪くない。残業も多くない。社長は「いい会社にしたい」と本気で思っている。なのに辞める。
現場を見せてもらって、気づいたことがあった。
新人の席がオフィスの端にあって、先輩社員と物理的に距離がある。昼食はみんなバラバラに取っている。新人が質問しても「今忙しい」と言われて、そのまま放置されることがある。
悪意はない。誰も新人をいじめているわけじゃない。ただ、**気づいていない**だけだ。
「居場所がない」という感覚は、明確な出来事がなくても生まれる。小さな疎外感の積み重ねが、ある日突然「辞めます」になる。
定着コンパスAIは、その「小さな積み重ね」をデータから読み取る。日報の言葉遣いの変化、提出頻度、コミュニケーションの量——一つひとつは些細だけど、パターンとして見ると見えるものがある。
このシステムを入れた会社から、半年後に連絡が来ました。
「今年は誰も辞めていません」と。
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## 生き難さは、誰にでもある
障害を持つAさん。いじめに遭っていた中学生。居場所がなかった新入社員。
三人に共通していることがあります。
**声を上げられなかった**ということです。
「自分が悪いのかもしれない」「こんなことで弱音を吐いてはいけない」「誰かに相談したら迷惑をかける」——そう思って黙っていた。
これは、障害者だけの話じゃない。子どもだけの話でもない。新入社員だけの話でもない。
今これを読んでいるあなたにも、声を上げられなかった経験があるんじゃないでしょうか。
仕事がつらいのに「みんなやっている」と言い聞かせた日。
人間関係に疲れているのに「自分が合わせればいい」と飲み込んだ日。
やりたいことがあるのに「今さら無理だ」と蓋をした日。
生き難さは、特別な人だけのものじゃない。程度の差はあっても、誰もが抱えている。
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## 「それでも」の人たち
支援の現場で出会った人たちには、一つの共通点がありました。
「それでも」前に進もうとしていたことです。
Aさんは、手が止まっても毎日訓練に来た。
中学生は、一人でお弁当を食べながらも学校に通い続けた。
新入社員は、質問できない環境の中で、自分なりにメモを取り続けた。
彼らは「強い人」なのか?
違うと思います。
怖くて、辛くて、逃げ出したい日もあっただろう。それでも次の日に来た。それは「強さ」というより、**諦めきれなかった**のだと思う。
何かを諦めきれない。もう少しだけやってみたい。明日は今日より少しマシかもしれない。
その「もう少しだけ」が、夢の始まりです。
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## 夢を持つということ
若い人に「夢を持て」と言う大人は多い。
でも「夢の持ち方」を教えてくれる大人は少ない。
僕が現場で学んだ「夢の持ち方」は、こうです。
**大きなゴールを描くことじゃない。「今日、もう少しだけ頑張ってみよう」を繰り返すこと。**
Aさんは「正社員になる」という大きな夢は持っていなかった。でも「今日の作業を昨日より速くやる」という小さな目標は持っていた。その積み重ねが、半年後に就職につながった。
僕だって、kitemir.jp を作り始めた時に「世界中のECサイトにバーチャル試着を提供するB2Bサービスを作るぞ」なんて思っていなかった。ただ「妻のために、似合う服がわかるアプリを作りたい」と思っただけ。
**夢は、歩いた先にしか見えない。**
最初から見えている夢なんて、たぶん本物じゃない。一歩踏み出して、もう一歩踏み出して、振り返った時に「ああ、自分はここに向かっていたんだ」と気づく。それが本当の夢だ。
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## 68歳の僕が、まだ前に進む理由
vol.10 で「68歳にチャンスがあるなら、あなたにはその何倍ものチャンスがある」と書きました。
でも今回は、少し違う言い方をします。
**チャンスの数じゃなくて、「もう少しだけ」の回数が、人生を決める。**
68歳の僕はあと何回「もう少しだけ」と思えるだろう。正直、わからない。体力は確実に落ちている。深夜のコーディングは堪える。目もかすむ。
でも、まだ「もう少しだけ」と思える。
作りたいものがある。届けたい人がいる。支援コンパスをもっと良くしたい。こころポストをもっと多くの学校に届けたい。kitemir.jpで、一人でも多くの女性に「似合う服」を見つけてほしい。
この「もう少しだけ」が続く限り、僕はまだ夢の途中にいる。
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## あなたの「もう少しだけ」
もし今、生き難いと感じているなら。
夢がないと悩んでいるなら。
「もう少しだけ」でいい。
もう少しだけ、今の仕事を続けてみる。
もう少しだけ、気になっていたことを調べてみる。
もう少しだけ、自分を責めるのをやめてみる。
その「もう少しだけ」が、いつか夢になる。
僕が保証する——とは言えません。68年生きてきても、人生に保証なんてない。
でも、「もう少しだけ」を繰り返した先に、思いもしなかった景色が広がっていたことは、僕自身が経験しています。
アセンブラしか書けなかった男が、AIファッションアプリを作っている。障害者支援のツールを作った男が、バーチャル試着のB2Bサービスを運営している。
全部、「もう少しだけ」の積み重ねです。
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## 次回予告
vol.12 では、僕自身が言われてきた言葉の話をします。
「アセンブラ屋がWebなんて」「定年後に起業? やめとけ」「68歳でAI? 無理だろ」
言われるたびに悔しかった。でも、言われるたびにコードを書いた。
**「お前には無理だ」と言われた数だけ、コードを書いた。**
そういう話をしたいと思います。
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*68歳、まだ夢の途中。*
*「もう少しだけ」を、明日も繰り返す。*
*マインドシード研究所: https://pyol.net/*
*Protect Your Only Life——こころに寄り添うテクノロジー*
