年を重ねるほど大切になる「ありがとう」と「ごめんなさい」
研修講師、手話通訳士の横山熊太郎です。
AIを活用しながら、シニア向けの情報や、書籍やガジェットの紹介などをしています。
年齢の重ね方には、その人らしさが表れると思います。
もちろん、年を取ること自体が良いことでも悪いことでもありません。
ただ、「あんなふうに年を重ねたいな」と思う人がいる一方で、「あんな人にはなりたくないな」と感じる人がいるのも事実です。
そんな出会いがあるたびに、自分自身も気を付けなければならないと思うのです。
反面教師から学んできた
私はこれまで、習い事やボランティア活動を長く続けてきました。
その中で、本当にたくさんの人と出会いました。
素晴らしい人もいました。
尊敬できる人もいました。
その一方で、反面教師となる人にも数多く出会ってきました。
思いやりがない人。
人を見下す人。
自分よりできない人を馬鹿にする人。
そういう人を見るたびに、私は嫌な気持ちになります。
そして同時に、自分はそうならないようにしようと思うのです。
少しできるようになっただけで偉くなる人
どの世界にもいます。
自分は得意だから。
自分は経験があるから。
自分は長くやっているから。
そんな理由で、できない人を見下してしまう人です。
まるで自分が特別な存在であるかのように振る舞います。
「自分は上級民だ」
そんな空気を漂わせる人もいます。
しかし、人より少しできることがあるからといって、それがそんなに偉いことなのでしょうか。
誰だって最初は初心者です。
何も知らないところから学び始めたはずです。
忘れられない言葉
以前、こんな言葉を実際に聞いたことがあります。
「私を誰だと思っているんだ。日本人なら誰でも知っている会社の部長をやっていたんだぞ」
正直なところ、驚きました。
そして少し哀れにも感じました。
現役時代の肩書きにしがみつき、それを誇示しなければ自分を保てないように見えたからです。
会社の部長だったことは立派な経歴でしょう。
しかし、その肩書きが他人を見下してよい理由にはなりません。
過去の肩書きよりも、今どのような人間であるかの方がずっと大切だと思うのです。
裸の王様になっていないか
人より知識がある。
人より技術がある。
人より経験がある。
それは素晴らしいことです。
努力の結果でもあるでしょう。
しかし、その知識や技術も、もともとは無知な状態から身につけたものです。
最初から知っていたわけではありません。
最初からできたわけでもありません。
それなのに、まるで生まれつき備わっていた能力であるかのように振る舞う。
そんな姿は、裸の王様に見えてしまいます。
本当に優れた人ほど、自分が初心者だった頃を忘れません。
だからこそ、人に優しくなれるのだと思います。
人を評価するのは自分ではない
私は二つのことを断言できます。
一つ目。
人を評価するのは自分ではなく他人です。
自分で「私はすごい」と言い続けても意味はありません。
周囲が認めて初めて評価になるのです。
二つ目。
「ありがとう」と「ごめんなさい」が言える人こそ、最良の人です。
感謝ができる人。
間違いを認められる人。
それは決して簡単なことではありません。
年齢を重ねれば重ねるほど、難しくなることもあります。
だからこそ価値があるのです。
私はそういう人でいたい
肩書きはいつかなくなります。
役職も終わります。
知識も時代とともに古くなります。
けれど、人柄だけは最後まで残ります。
だから私は、人に感謝できる人でいたいと思います。
間違ったときには素直に謝れる人でいたいと思います。
そして誰かを見下すのではなく、誰かを支えられる人でありたいと思います。
年齢を重ねるということは、偉くなることではありません。
優しくなることなのだと、私は思っています。
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