退院が見えてきた日。――それでも、はしゃぎきれない私の気持ち
研修講師、手話通訳士の横山熊太郎です。
AIを活用しながら、シニア向けの情報や、書籍やガジェットの紹介などをしています。
今日は,母の退院についてのお話です。
母の退院のめどが、ようやく立ちました。
昨年の年末に入院してから、何度「そろそろ退院ですね」と言われたことでしょう。
そのたびに、あと少し、もう少しと延期になり、気づけば季節が変わっていました。
高齢ですから、体調は日によって波があります。
「順調です」と言われた翌週に、また様子を見ることになる。
そんなことも珍しくありません。
だからこそ、今回も心のどこかで、
“まだ油断はできない”
そう思ってしまう自分がいます。
けれど――
母は、退院の話をすでに知っています。
看護師さんから伝えられたその瞬間、顔がぱっと明るくなったそうです。
その様子を聞いたとき、胸がぎゅっとなりました。
嬉しい。
本当に嬉しい。
でも同時に、私は言葉を選んでしまいます。
「よかったね!もうすぐだね!」
と、手放しで喜ばせていいのだろうか。
もしまた延期になったら?
そのときの落胆は、どれほど大きいだろう。
年を重ねると、身体の回復も、気持ちの浮き沈みも、若いころとは違います。
期待が大きいほど、落差も大きい。
だから私は、少しだけ慎重になります。
喜びを“保証”しないという選択
こんなとき、どう接するのがいいのか。
私は最近、こんなふうに考えるようになりました。
「未来を断言しない」
けれど
「今の喜びは否定しない」
たとえば、こうです。
「退院の話が出たんだね。それはうれしいね。」
「おうちに帰れる日が近づいているかもしれないね。」
“もうすぐ”とは言わない。
“必ず”とも言わない。
でも、母の笑顔はそのまま受け取る。
未来はまだ確定していなくても、
“今うれしい”という気持ちは本物だからです。
高齢の親と向き合う、静かな距離感
シニア世代の皆さんなら、きっとわかると思います。
年齢を重ねると、
期待しすぎない術も、
ぬか喜びを避ける感覚も、
自然と身についてきます。
それでも、親の前では子どもに戻る。
嬉しいときは一緒に舞い上がりたいし、
つらいときは代わってあげたい。
でも現実は、そうはいきません。
だから私は、
“静かな伴走者”でいようと思っています。
前を引っ張るのでもなく、
後ろから不安をあおるのでもなく。
ただ、隣に立つ。
退院はゴールではない
正直に言えば、退院はスタートでもあります。
自宅での生活、体力の回復、通院。
家族の負担も増えるでしょう。
けれど今は、その先の心配よりも、
母のあの輝いた顔を大切にしたい。
高齢になると、
「楽しみ」が少しずつ減っていくと言われます。
だからこそ、
小さな光は、そのまま灯しておきたい。
消えないように囲うのではなく、
風を当てすぎないように、そっと見守る。
今、私にできること
私は今日、母にこう言おうと思っています。
「退院の話、聞いたよ。うれしそうだったね。」
それだけで十分かもしれません。
未来を約束することはできない。
でも、今の気持ちを共有することはできる。
それでいい。
そう自分に言い聞かせています。
もし同じような状況にいる方がいたら、
どうか焦らず、責めず、
そのときの気持ちに正直でいてください。
親も年をとる。
子もまた、年をとる。
だからこそ、
派手な言葉より、静かな寄り添いを。
退院の日が、本当に訪れますように。
そして、もし少し延びたとしても、
また一緒に前を向けますように。
そんな願いを胸に、今日も病室へ向かいます。
#シニア世代 #親の介護 #高齢の母 #退院待ち #家族の時間
#ゆっくり前へ #寄り添う気持ち #心の距離感 #穏やかな日々
#これからの暮らし
いいなと思ったら応援しよう!
よろしければ応援お願いします! いただいたチップはクリエイターとしての活動費に使わせていただきます!