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「長い目で見る力」を、私たちは失っていないだろうか

研修講師、手話通訳士の横山熊太郎です。

AIを活用しながら、シニア向けの情報や、書籍やガジェットの紹介などをしています。


シニアだから見える未来があります

私たちシニアは、若い人たちと比べれば、それなりに長い時間を生きてきました。

長く生きたからといって、何でも正しく判断できるわけではありません。年齢を重ねても、間違えることはあります。それでも、過去に似たような出来事を何度も見てきた経験から、「この行動を続けると、やがてこうなるだろう」と、少し先の未来を予測できることがあります。

だから若い人を見ると、つい言いたくなるのです。

「それはやめたほうがいいよ」

「こちらを選んだほうが、後悔しないと思うよ」

言われる側には、余計なお世話と聞こえるかもしれません。実際、そうであることも多いでしょう。それでも口にしてしまうのは、長く生きた者の老婆心です。

目の前の出来事だけでなく、その先に続く時間まで見えてしまうからです。


数十円のために失った退職金

何十年も昔に目にした、あるニュースを今でも覚えています。

定年退職を間近に控えた駅員が、券売機から数十円を盗み、それが発覚して解雇されたというニュースです。その結果、駅員は退職金を受け取れなかったと報じられていました。

なぜ、この小さな記事を長い間忘れずにいたのでしょう。

おそらく、失ったものと、手に入れようとしたものの差が、あまりにも大きかったからです。

目の前の数十円を取ったために、長年勤め上げた先にあったはずの退職金を失いました。それだけではありません。仕事も信用も、それまで積み重ねてきた人生の評価さえも、一瞬で失ってしまったのです。

もちろん、盗んだ金額が少なければ許されるという話ではありません。私の記憶に残ったのは、わずかな利益と引き換えに、その何万倍もの価値を失ってしまったという事実でした。

わずかなお金のために人生を棒に振る人たち

現代でも、同じようなニュースをたびたび目にします。

わずかなお金を得るために犯罪に手を染め、逮捕され、仕事や信用を失う人がいます。闇バイトに応募して強盗や詐欺に加担し、その後の人生を大きく狂わせてしまう若者もいます。

目の前に差し出された金額だけを見れば、魅力的に思えるのかもしれません。

しかし、その先にある時間まで見渡したらどうでしょう。

逮捕される可能性があります。刑罰を受けるかもしれません。家族や友人との関係を失うこともあります。その後の就職や生活にも、長く影響するでしょう。

一方、どのような仕事であっても、真面目にコツコツと働いて得る収入は積み重なっていきます。ひと月分だけを比べれば少額に見えても、数年、数十年という時間軸で考えれば、大きな金額になります。何より、犯罪に手を染めるような危険がありません。

「長い目で見れば、真面目に働いたほうが得です」

これは道徳を説くためのきれいごとではありません。現実的な損得の話なのです。

「長い目で見る」は単なる比喩ではありません

私たちはよく、「長い目で見ましょう」と言います。

これは単なる比喩ではないと思います。

時間の流れを頭の中に描き、その行動の先で何が起こるかを想像するということです。

今日の自分がしたことを、明日の自分が引き受けます。今月の自分が選んだことの結果を、来年の自分が受け取ります。若い頃の自分の選択は、時として何十年後の自分の生活にまで影響します。

今の自分と未来の自分は、同じ人間です。

そんな当たり前のことでも、目の前の欲望や怒りに心を奪われると、私たちは簡単に忘れてしまいます。その瞬間だけを切り取って判断するため、未来の損失を自分の問題として感じられなくなるのです。

内田樹が指摘する「時間軸」の短さ

思想家の内田樹さんは、著書の中でたびたび「時間意識」について論じています。

現代人は、物事を判断するときの時間軸が極端に短くなり、未来に生じる損失を自分の問題として感じられなくなっている、という指摘です。

著書『サル化する世界』では、中国の故事「朝三暮四」に登場する猿を取り上げています。

猿に与える木の実を「朝に三つ、夕方に四つ」と告げると怒り、「朝に四つ、夕方に三つ」と言い直すと喜んだ、という話です。一日に受け取る木の実の合計は、どちらも七つです。

内田さんはこの猿の姿を、現在の自分と未来の自分の間に、自己同一性を保てない状態として読み解きます。

朝の自分が多くもらえれば、夕方の自分が少なくなっても構わない。未来の自分が困ることを、今の自分とは関係のない「他人事」のように感じているのです。

わずかなお金のために人生を棒に振る人にも、同じ時間感覚があるのかもしれません。手に入る目先の利益は見えていても、その後の長い人生で失うものが見えていないのです。

本は、自分の考えを映す鏡です

駅員のニュースを何十年も忘れなかった私は、以前から「なぜ人は、わずかな利益のために大きなものを失ってしまうのだろう」と感じていたのでしょう。

けれども、その感覚をうまく言葉にすることはできませんでした。

内田さんの文章を読んで、「判断するときの時間軸が短くなっている」という言葉に出会ったとき、長年ぼんやりと考えていたことの輪郭が、急にはっきりしたように思いました。

本を読む喜びの一つは、ここにあります。

自分の中にあったものの、まだ言葉になっていなかった思いを、誰かが明確な文章にしてくれることがあります。その言葉に触れることで、私たちは自分の経験を捉え直し、わが身を振り返ることができます。

他人によって言語化された思想を通して、自分自身を見つめ直すことができる。

本というものは、何と素晴らしいものなのでしょう。

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