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地方出身者が東京に住む意味(25歳、春)

「あのこは貴族」を観た。原作の著者である山内マリコさんの記事を読んだのをきっかけに興味を抱いたから。

題材は、門脇麦さん演じる、東京の高級住宅街松濤で生まれ育った華子と、水原希子さん演じる、田舎から上京した美紀、ふたりの女性の生き方について。

田舎育ちかつ上京組の25歳私が「観なきゃいけない。」と感じた映画だ。

※以下ネタバレを含みます


家族との会食に始まり、アフターヌーンティーを囲んでの女子会、薄汚い居酒屋、雨の日の運命的な出会い、地元への帰省、ひたむきに仕事を頑張る女性。映画はどのシーンもひたすらに美しく、リアルだった。

共感できる場面も、新しい気付きもあり、東京に住む意味を再度考えないと、なんて気持ちにさせられた。

そもそも、東京で生まれ育った人というのは、そこを出る選択肢を全く持ち合わせていないように思う。
一方、私のように田舎で生まれ育った人間は、この先どの地に身を置いて生活すべきか、幾度も悩むものである。

映画の感想と、東京で生きることについて。

1.うまれ

私の故郷は徳島県。
すだちと鳴門金時と徳島ラーメン、郷土料理の蕎麦ごめ汁が美味しい場所。周りは山と田んぼに囲まれた自然いっぱいの街だ。

実家の最寄り駅は小屋と呼んで差し支えない外観だった。ベンチとトイレ、使用後の切符を入れる缶だけが設置されている、小さな駅だった。

隣近所のお家にはよく遊びに行ったし、スーパーへ買い物に行けば知り合い家族に遭遇するような、小さくも温かい場だった。

そんな街に帰省するたびに感じるのが、田舎特有の時間の流れ。主要な徳島駅の周りですら、どこかのんびりとした平和な雰囲気で満ちている。
背伸びする必要の無い、心地よい環境がそこにはある。

高校生だった私は進路に悩む中で、得意な英語を活かしたいとか、兄が志望していたから気になるとか、明確な理由は忘れてしまったけれど、大阪大学に進学した。


2.大阪

新しく住んだ街大阪は、何もかもがキラキラして見えた。また、一人暮らしを始めたこともあってかそこでの暮らしは恐ろしいほど自由だった。

細かいスケジュールで運行される電車は便利で、中心地梅田は続く開発のために頻繁に表情を変える。
そこは夢いっぱいの環境だった。

中でも印象的だったのが、外食のレベルの高さ。
お洒落なイタリアンも、珍しいコンセプトのカフェも、学生向けの安い居酒屋も山ほど見つかった。

そして、どのお店に行っても美味しいと感じることに心底驚いた。
天下の台所と言われた街なだけあるなあ、と感心したのが記憶に残る(大学生になり、単価が高いお店に行くようになった影響もある)。

「ゆいは大阪に行けば勉強しなくなりそう」
徳島を出る前、兄にそんなことを言われたが、そこには確かにこれまで経験したことのない魅力と輝きがあった。

関西には親戚がたくさんいて、ご飯に行ったりお家にお邪魔してバーベキューをしたりした。
実家から車で2時間ほどで、定期的に両親が遊びに来てくれるのも嬉しい環境だった。

そしてことば。
関西弁と阿波弁とはイントネーションが近しく、より親密な語尾をもつ関西弁は私にとって非常に心地よかった。

関西人は、(と一括りにすると反感を買いそうだけれど、)話しているともうずっと楽しいし、ポジティブにしてくれる。

数えきれない思い出と、大好きな人たちがいっぱい出来た、そんな大阪が大好きだった。

3.東京

3-1 何でもできる場所

就活を経て東京に来た。念願……ではなく、反対意見も受けながら、気が付いたらたどり着いていたような感じ。

SNSでよく話題になる、満員電車に押し込められる日本人に、多くのサラリーマンが急ぎ歩く品川。外部から見た東京像。
「人があまりにも多い」。私はそれまで無縁だったその場所に、マイナスイメージを抱いていた。

一方、大学時代の仲良い友人たちが大企業に就職し、本社配属となった。そしてその本社があるのは、決まって東京だった。
友達もいるし、一度は住んでみたかった場所だし。不安と期待が入り混じった気持ちで引っ越した。

当初は何度も単語のイントネーションを訂正され、サンマルクでは隣の席の標準語で口論するカップルに違和感を抱いた。
どこへ行っても標準語の気取った美しさに囲まれ、居心地がわるかった。

それからここには、家族も親戚もいない。


関西に帰りたいと何度口にしたか分からない。しかし住んで2年になる今、大阪を更に大きくしたようなこの街には、何もかもがあると思う。

好きなブランドのお洋服も、有名なパン屋さんのクロワッサンも、美術の展示も、新しい沢山の出会いも。
著名人が登壇するイベントだって、スマホで調べれば簡単に手に入る。やりたいことは、ほとんど全部できる。

就活のときに痛いほど感じた都市部と地方との格差が、確かにここにはある。

そして、地方出身だからこそ東京が持つものやそこで得られる経験に魅力を感じるし、「ここで頑張るんだ」なんてガッツもある。それが私たちの強み。
映画で美紀とその友人が奮闘するシーンを見て、確信したこと。

「若い頃は中目黒とか好きでよく行ってたな」そう笑う上司の姿をみて思うのは、こんなにも東京に惹かれるのは、今の自分だからこそということ。
感動があるうちに熱く興味があるうちに、味わい尽くしたい。

3-2 囚われず好きなことを好きなだけ

街ゆく人はどこか駆け足で、無関心。
一方で、個々が生き生きとしているようにも感じる。

「若いうちは東京でバリバリ働く」

誰かの言葉なのか、幼い頃東京に抱いたイメージなのかは分からないが、その言葉通り、ここは仕事をするのにとっておきの場所だと思う。

ポジティブに懸命に働く人がたくさんいて、やりたい仕事は山のようにある。そこへの道も努力さえすれば簡単に拓ける。

期待していなかった住み心地のほうは最高だった。日常的な生活は、車にあれこれ詰め込める地方暮らしのほうが圧倒的に便利だけど、それとは別次元の居心地のよさにおいて、東京はぶっちぎりなのだ。

ああ、ここにいていいんだと、街から許容されている感じ。街自体が巨大すぎるゆえ、「あんたのことまで見てられないから、好きにして」と放っておかれている感じが東京にはある。

人が多く息苦しい環境。そう感じることはこの先もきっと変わらない。
しかし多数の他人に囲まれている、それは周りの目を気にせず好きなことをできる、に直結するのかもしれない。
山内さんの記事を読んで確信したこと。

実際、大学のコミュニティに属していた時と比べて、今は誰にも何にも縛られることなく、好きなことに対して貪欲にいられる。

誰も自分のことなんか気に留めていない、だからこそなんだってできる、チャンスをも掴める街。

3-3 格差社会

映画の主題のひとつに格差があった。映画では、慶應大学を背景に内部生と外部生の異なる階層が比較されている。

富裕層と貧困層、どちらが良いというわけでもなく、それぞれの悩みがあり、自分の立場でとびきり幸せに過ごせればそれが1番、と描かれていたのが良かった。

3-4 どう生きるか

楽しい街であることに疑いはないが、恐らくこのまま呑気に過ごしていれば、きっと痛い目に遭う。

「私たちは東京の養分なんだよ」

映画の中でそんなセリフがあり、正直ドキリとした。

東京には何もかもがあるからこそ、皆の欲望が叶えられる街だからこそ、気を抜けばあっさりと搾取されてしまう。

スーパーのほうれん草に298円。
美術館のチケットに1,800円。
ホテルのアフターヌーンティーに5,000円。
1K25平米のマンションに9万円。

私には東京に帰れる実家は無いし、今日も高すぎる家賃を払い続けているし、行きたいお店もやりたいこともいっぱいあるし。

ああ。これが養分。

吸われるのは本望、せめて自分のできる精一杯をここで成し遂げないと。

「あのこは貴族」気になっている方はぜひ観てください。

▼原作「あのこは貴族」作者の山内 マリコさんの記事

https://gendai.ismedia.jp/articles/amp/80582?imp=0&__twitter_impression=true

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