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誰しも「得意なこと」がある。

どんな人にも
得意なことのひとつやふたつあるものです。

それは
自分が期待しているようなものでなくとも
その得意なことがプラスに思えなくとも
あるには、あるのです。

得意なことは
自分にとってハードルが低いから
特に意識せずとも自然と行っています。

その得意なことが仕事に結びついているとか
得意だから収入が上がるだとか
そういう見方ではなく
シンプルに「得意である」というものです。

noteの世界でいうと⋯
しばらく記事を書いていれば
自分がどのような内容の記事なら
スラスラと筆が進む(楽しい)のか
評価(スキやコメント)がいただけるのか
毎日投稿が苦ではないタイプなのか等々
何かしらの傾向があることに気付きますよね。

その傾向を自然な形で大切にしていれば
あまり苦がなく自分なりに書き進められるし
多少辛いことがあっても乗り越えられたりして
結果、楽しいと感じられる何かがあり
書くことや読むことを続けていたりします。

noteで記事にすることは
思考の整理整頓にも繋がると
個人的には感じていますが
時間・労力・作品に対して
傍から見れば“無駄”に思われることも
きっとあるでしょう。

でも、傍から見れば“無駄”だとしても
自分が自分を見た時に“無駄”と言わない為にも
自分から湧いてきた言葉を
書きたいし、描きたいんだと私は感じています。


得意なことについて
もう少し別のところにある
汎用性高いことでいうなら
「努力するのが得意な人」
「サボるのが得意な人」
が、いるとします(笑)

これはどちらも
長所にも短所にも成りうると思います。

努力が良いことでサボるのが悪い
そんな風に見えたりしますが
「効率よく努力できる」
「うまく力を抜いてサボる」
と考えれば
両方ポジティブに見ることができますね。

それは
どちらも生きる上で必要で
どちらも何だか狡いような(笑)
まるで悪いことのようにも見えます。

コインの裏表を返すように
ひとつの事柄には
良いだけでなく悪いだけでもない
そんな曖昧さが潜んでいるものですね。

何か見えたものについて
見たままに反応するのもいいけれど
何故、そのように自分が反応したのかを
分析してみるのも楽しいかもしれません。

最後までお読みいただきありがとうございます。
ではまたね。




今回は下書きから引っ張ってきました(*´˘`*)❁⃘*.゚

たしか、少し前になるけど
お笑い芸人チョコプラの松尾さんが
『素人がなに発信してんだってずっと思ってて』
というような発言をして炎上した時に
感じたことを下書きとしてメモった気がします。

彼が本質的に言いたいことというか
そこに至る背景や発言の趣旨は
理解できるのだけど
どんな有名人も最初は素人だった筈で
それを有名人になるまでやるな
と言うのは少し納得いかないなと
感じたのを思い出しました。

私は素人だけど
こうしてnoteという世界に意思表示したり
他の方達の記事を読むことが
日常の一部になっていて
その行為や気持ちを
否定されているような気がして
そう感じたのでしょう。

なーんて、分析してみました♪(≧∀≦)⟡.*

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