「ライターのくせに出しゃばって」と言われる覚悟で、私は発信をはじめた。
我ながら、最初から我の強いライターだったと思う。
自分で書いた記事は「わたしが書きました!」って言いたいし、自分の経験や想いがあるからこその企画や取材も好きだ。身体を張って記事を書く「やってみた」も喜んでやる。クレジット表記はできることならしてほしい。
一方で、ライターは裏方の仕事でもある。…はずであるが、わたしが6年前にライターデビューしたのはライターが自分のキャラクター性を活かしてゴリゴリに前に出てくるようなメディアだったので、気付けば1記事目から記事内に顔と名前が出ていたし、私利私欲にまみれた企画を立てていた。
そもそも中学生のころから声優志望だったわたしは、自己顕示欲が強い。
声優も裏方の仕事ではあるが、わたしの憧れは横浜アリーナやら埼玉スーパーアリーナでライブをするアイドル声優の田村ゆかりさんだったので、わたしも声優になったらゆかりんみたいにライブしたりイベント出たりしたい〜!と思っていた。
とはいえ、ライターも声優も職人芸というか、裏で粛々とやるのが一流、みたいな風潮があったので、表立っては言わなかった。
「演技派声優になりたい」とか気取って言っていた気がする。はなからアイドル声優になりたい!とか言ったらオーディションで落とされるような気がして。
ライター界隈にも、いわゆる「読モライター」と呼ばれる自分自身を商品として文章を書くような人たちがいたけれど、職人ライターとの対立があったりして、当時界隈はざわざわとしていた。
それもあってか、わたしはあたかも職人ライターのような顔をしていた。けれど、本当は読モライターになりたかったのかもしれない。
なぜなら、我が強いからである。
それもあって、ライターとして記事を書きながらも、個人としての発信は欠かさなかった。
当時編集部のなかでは全員顔出しはしていたけれど、個人でnoteをガンガン書いている人はそこまでいなかったので、ちょっと異質だったかもしれない。けれど、同じく個人でnoteを書いていた編集長はひっそり読んでくれていた。
ライターの力量を測るのは難しい。わたしは小説が好きだけれど、圧倒的な語彙量や表現力があるわけでもないし、もともと人の話を聞くのが好きな人に比べれば、ものすごく取材が上手なわけではないだろう。
そのなかで、仕事と並行して1000本以上のnoteを書いてきた。だって、わたしはわたしの文章を見てほしかったし、考えも聞いてほしかった。取材の裏話もしたかったし、書きたいことはたくさんあったのだ。
そのなかで、この拙い文章を好きだと言ってくれたり、考えに共感してくれたりした人がいたからこそ、いまわたしは自分の名前で仕事ができているのだと思う。
ライターならば技術で勝負しなければならないのかもしれない。しかし、わたしはキャラクターや自分の歩んできた人生を含めて、自分を出すことで仕事をしていこうと決めた。
それもあってか、いつもなんとなく後ろめたさがあった。いつ後ろ指を指されるんじゃないかと。「ライターの癖にそんなに出しゃばって」と。
もちろん、人並みに文章を書けるとは思うけど、わたしなんてちょっと発信するのが好きだっただけで、スーパーライターの足元にも及ばない。
でも、それでも自分の名前で仕事がしたかった。
そして、世界というものはあっという間に変わる。何もかもが覆る。
あれだけバカにされていたアイドル声優は今やメインストリームで、むしろ声優は歌って踊れなければいけないと言われているぐらい。
ライターはAIの出現によって「選ばれるライターとは」の議論が巻き起こり、何を書くかよりも誰が書くかが問われるようになってきた。
つまるところ、自己顕示欲の強いわたしがこれまでやってきたことは、あながち間違っていなかったのかもしれない。
こんなこと、発信を始めた6年前は言えなかったけど、わたしはたぶん、ライターとして前に出たから生き延びられた。
一歩前に出たから舞い込んだ仕事があったし、必要としてくれる人が増えた。
だからわたしはきっと、自己顕示欲が高くて良かったし、発信して良かったのだ。
やっと言えた。
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