大人なのに、ホテルで最上級のサービスが受けられない
お金持ちになったら、ホテルのルームサービスが遠慮なく頼めると思っていた。バスローブ姿のまま、ゆるゆると身体を起こして電話でちゃちゃっと注文したら、スーツに身を包んだホテルマンが金ピカのワゴンをガラガラと押してやってくる。たぶん、腕に白いナプキン的なものをかけて。ごめん、頼んだことがないから思った以上に解像度が粗くてびっくりしてしまった。現実は、ベッドサイドにこれみよがしに置いてあるメニューやマッサージの価格表を一瞥し、Google Mapで近所にあるコスパの良い飲食店の目星をつけるだけである。
別にお金持ちになったわけではないけど、アラサーであるいま、20代に比べて確実に収入は上がっているはずである。なのにわたしは、未だにルームサービスが頼めない。友人と一緒なら近所の居酒屋やレストランに行くし、ひとりならコンビニでサラダとスープを買ってきてしまう。そこまで切り詰めなくてもいいはずなのだが、別にお金をかけたいとも思わないのである。「カレーが¥3,000?たっか!!」となる、非常に庶民的な女なのだ。
そんなわたしでも、金銭感覚がめちゃくちゃ狂っていた時期がある。25歳、広告代理店で働いていたころ。なんとタクシーに乗ることが習慣化してしまったのだ。この世で考えうる限り最悪の習慣である。
新卒1社目では小さな雑貨メーカーの営業をしていたので、地方出張の際に先輩と一緒にレンタカーに乗って営業先をまわることはあれど、タクシーになんて乗ったことがなかった。神奈川の隅っこにある地元でも、基本的に親が車を運転してあちこち連れていってくれていたし、駅まではバスに乗って行くのが当たり前だったので、それまでのわたしはタクシーに数回しか乗ったことがなかった。タクシーとやらの味を知らなかった。そう、タクシーなんてなくても余裕で生きていける身体だったのだ…!
それが、イケイケの広告代理店に転職した途端、誰でも彼でも当たり前のようにタクシーを捕まえて乗っていくではないか。会社から取引先に向かうときも「タクシー捕まえといて」と言われるし、飲み会後も「タクシー乗っちゃって」と言われるし、この世界ではタクシーに乗ることが普通なんか?バスあるのに?電車乗り継いで行けるのに?とわたしの脳みそはバグった。何なら飲み会後、いつもどおり電車に乗って帰ろうとするわたしを見て、「電車で帰るの?えらいね!」とまで言われた。でんしゃでかえるのえらいね…?
会社から歩いてせいぜい10分程度の目的地でも、「出るの遅くなっちゃったんでタクります」ってな具合である。頭がおかしい。この会社の奴らは狂ってやがる!バブルじゃねぇんだぞ!と最初のうちは頑なに電車で帰っていたわたしだが、あえなく屈服することとなる。
帰れないのだ。だって終電がないから。
定時を過ぎてもみんな全然帰らないな、とは思っていたけれど、入社2週間で理解した。帰らないのではなく「帰れない」のだ。昼ごろに「これを明朝までに作らなければいけない」的なタスクが発生するのが日常茶飯事なのだ。それを納品するまでは決して帰るわけにはいかない。たとえ夜中にクライアントが絶対にチェックしないであろうことがわかっていたとしても、きっと今ごろベッドに入って爆睡しているんだろうな…と思ったとしても、なんとか夜中のうちには提出しなくてはならない。それが会社員なのである。隣に座っているデザイナーさんと「今日も長そうですね…」「とりあえずコンビニで甘いものチャージしますか…」とブツブツ言いながら作業を進めるしかない。
もはや「ちょっと遅れます」は通じない世界。毎日がサバイバル。それが広告代理店である。
1社目では役員レベルでも18時になれば「お先に失礼します!」と颯爽と帰り、営業先から「直帰します!」と定時退社するのが当たり前だった。たまに納期のある仕事もあれど、1週間ぐらいは余裕があり、のんびり進められていた。そんなぬるま湯に浸かりきっていたわたしは、未知なるスピード感にドン引きするどころか、アドレナリンがどばどば出ているのを感じていた。納品しなくては死ぬ。間に合わなければ死ぬ。ソゥエキサイティングじゃねぇか…!
こうしてわたしは入社1ヶ月目にしてタクシーで帰宅する女となった。至極当然だが、タクシー帰宅は最高に快適だった。酒臭い電車で知らない人にもみくちゃにされることもなく、立ちっぱなしで足が棒になることもない。人目も気にならないので大股を開いて宙を仰ぎ、口を開けて爆睡することだって可能だ。もはや毎日終電を逃してタクシーで帰りたいと思うぐらいであった。わたしも諸先輩方に倣い、何かとかこつけてタクシーに乗るようになった。駅から徒歩15分かかることがわかれば迷わずタクシー、盛大に寝坊をかまして打ち合わせに間に合わないとなればタクシー、酒を飲みすぎて電車に乗るのがダルくなればタクシーを拾った。
残業が増えたことに伴って、金遣いもどんどん荒くなっていった。それまで遠方に行くときは夜行バスを使っていたけれど、新幹線に課金するようになり、夜ごはんは専らコンビニか外食。洋服は値段を気にせずに買い、デパコスにも手を出す…といった有様だ。いいじゃん、だって稼いでるんだから。こんなにも働いてるんだから使わせてよ!と、とにかくたくさん働いていることが大義名分になっていた。
そんなわたしも26歳にして会社を辞め、フリーランスになったわけだが、染みついた癖は抜けず、しばらくはタクシーに乗るのがやめられなかった。バス停でバスを待ちながらも、オレンジ色に光る「空車」の文字を目の端で捉えると反射的に手を挙げてしまいそうになる。無意識のうちにタクシーアプリを開いて「あと何分で来るかしら」と見てしまう。もはやタクシー中毒、「タク中」だった。
それでも、大して裕福とは言えないフリーランス1年目にバンバンタクシーに乗るのはよろしくないことは頭ではわかっていたので必死に堪えた。そのうちにコロナがやってきて外出が減り、バグった金銭感覚も徐々に平常に戻っていった。洋服はUNIQLOやGUで買い、安い野菜で献立を組んで、毎日しっかり自炊をする。図らずも人目を浴びないことによって、わたしは庶民性を取り戻したのである。いや、取り戻しすぎたかもしれない。
そんなわたしもフリーランス7年目になり、多少の贅沢をするようになった。なんと、あのマリオットホテルに宿泊するようになったのだ。えぇ、ポイントで。ポイント泊以外で泊まろうとは思いませんけれども。それも、ホテルを決める際にいくつか見繕い、「ここが1番安いと思うんだけどどう?」と友人に提案したところ、「せっかくだからもうちょっといいところにしない?」「そこまで切り詰めなくても大丈夫だよ」と言われてハッとしたからである。
庶民ってやつはコストパフォーマンスしか考えていない。しかし、ホテルを選ぶときには、まず相場と照らし合わせて大きく外れていないことを確認したうえで、当たり前のように「朝食・夕食なし」の素泊まりを選ぶ癖が抜けない。やだやだ。
先日、友人とのエジプト旅行でも例に漏れずポイントを使ってマリオットに泊まったのだが、極限まで疲れていたため、ホテルのなかでマッサージを受けることになった。マリオットでマッサージだなんてさぞお高いんでしょう?別に街中のローカルマッサージ店でも良いじゃない、お金の無駄じゃありませんこと?と一瞬躊躇したが、友人が放った「日本で受けると倍はするらしいよ」の一言で即決した。庶民はお得な比較情報に弱い。
メニューは松竹梅あったが、「どれもあまり変わらないだろう」と迷わずに一番安いものを選んだ。シャンデリアと大理石に囲まれたラグジュアリー空間にポツリと置かれたベッドに裸で寝そべり、もっとも低価格なマッサージを受けながら、ふと思う。
これは果たしてラグジュアリーなのか…?
いっそ、どおんと重課金してこそラグジュアリー!…のはずなのだが、変なところでケチってしまったため、心なしかサロンのお姉さんも適当にマッサージをしているような気がしてならない。「クソ庶民が、1番安いメニュー選びやがって」と異国語で毒づかれている可能性も無きにしもあらずである。
そんな中途半端ラグジュアリーを浴びながら、わたしは思った。この先、どんなにお金持ちになっても「松」を選ぶことはないだろう。エジプトにだって格安航空券を選んで来たし、ごはんもコンビニのお菓子で済ませているし、受託手荷物が発生するのが嫌でバックパックで旅をしている。ホテルのチェックイン時に「オプションで朝食もつけられますよ」「課金すれば部屋をアップグレードできますよ」という提案も「ノー!」と首をブンブン振って断り、エジプトの砂漠で砂まみれになった衣類を抱えながらも、便利なクリーニングサービスを使わずに洗面所でゴシゴシと小1時間かけて洗っている。
そのなかで、マリオットのマッサージを受けるのは大変ちんぷんかんぷんである。身の丈に合わない大変な贅沢ではあるが、「梅」を選んでいることに紛れもない庶民性が出ている。明らかにマリオットが想定している客層ではない。「なんか貧乏人が紛れ込んだな」とか思われている気がする。馬鹿な!!マリオットに宿泊することで、お金持ち気分を味わうどころか己の貧乏性を突きつけられるなんて!!
手洗いしたパジャマがポタポタと雫を垂らしているのを眺めつつ、しぶしぶ寝心地の悪いバスローブを羽織り、暇つぶしにルームサービスのメニューを眺める。
わたしはいつ、ルームサービスが頼める大人になれるんだろうか。いつ、最高級のマッサージが受けられる大人になれるんだろうか。
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